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土地の記憶と家族の生活史が浮かび上がる「ドライブイン探訪」など安田浩一が薦める新刊文庫3点

安田浩一が薦める文庫この新刊!

  1. 『ドライブイン探訪』 橋本倫史著 ちくま文庫 990円
  2. 『あの日を刻むマイク ラジオと歩んだ九十年』 武井照子著 集英社文庫 770円
  3. 『老記者の伝言 日本で100年、生きてきて』 むのたけじ著 朝日文庫 880円

 (1)自らを「表現しない」こと。それが著者の取材スタイルだ。言葉は強奪するのではなく共有する。その姿勢で訪ねたのが全国のドライブイン。グルメスポットとして注目を浴びる高速道路のサービスエリアではない。街道脇で妖しい存在感を示すドライバー御用達の大衆食堂だ。目星を付けたら電車とバスを乗り継いで再訪し、ビール片手に店主の言葉へ耳を傾ける。浮かび上がるのは土地の記憶と家族の生活史だ。ドライブインが「戦後」の風景を映し出す。お手軽なディープスポット巡りと違うのは、謙虚な取材によって時代の空気までもが緻密(ちみつ)に描かれていることだ。廃業したドライブインの来歴を追う章は特に読み応えがある。

 (2)宿直勤務しているときに敗戦を知る。反乱軍が襲ってきても自分の身を守ることだけ考えろと上司が命じた。敗戦直前のNHKアナウンス室は緊迫感に満ちていた。その前年に入局した女性アナウンサーが振り返るラジオの現場。彼女の「声」は戦中戦後を通して日本の歴史を刻み続けた。

 (3)むのたけじは敗戦と同時に新聞記者を辞めた。二度と噓(うそ)は書きたくない。「自分の身を焼いて暗闇を照らすたいまつになる」。そう宣言して故郷の秋田で週刊新聞「たいまつ」を創刊する。そこから本物の記者に生まれ変わったのだ。以来、101歳を迎えるまで愚直に「反戦平和」を書き続けた。戦前の風景に近づく現代。本書の「反骨」の軌跡からは、わが身を燃やして怒りの火の粉を散らす、むのの執念が迫ってくる。=朝日新聞2022年8月13日掲載