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芥川賞作家のデビュー作は 「犬のかたちをしているもの」など新井見枝香が薦める新刊文庫3点

新井見枝香が薦める文庫この新刊!

  1. 『犬のかたちをしているもの』 高瀬隼子著 集英社文庫 550円
  2. 『約束された移動』 小川洋子著 河出文庫 748円
  3. 『縁結びカツサンド』 冬森灯(とも)著 ポプラ文庫 814円

 (1)恋人の郁也から紹介された女性に、子どもを引き取って欲しい、と持ち掛けられた薫。お腹(なか)の子の父親は郁也で、薫とは性交渉が途絶えて久しかった。それでも半同棲(どうせい)を続けているのは、薫の意志を尊重する、郁也の愛情ゆえ。かつて薫が、愛犬のロクジロウに対して抱いたのと同じ感情であると想像できたが、薫自身はそれを、ロクジロウ以外に抱けない。とんでもない要求を、薫が受け入れようとする裏側には、郁也や世間に対する後ろめたさがあるのだった。

 (2)“移動”する物語を集めた短編集。表題作の主人公「私」はホテルの客室係で、ロイヤルスイートに宿泊するハリウッド俳優・Bとの間に交わした約束の“移動”を綴(つづ)る。それは室内の書棚に並ぶ、千冊を超える蔵書の中の一冊だ。空いた隙間をそっと埋め、すっかり記憶した本の並びから、彼が選んだ本を特定する。私は同じ本を買い求め、物語の中にもまた“移動”があることに気付くのだ。

 (3)駒込の商店街にある昔ながらのパン屋「コテン」を継いだ、悩める3代目の和久は、じいちゃんの店と味を守りたい一心でフランチャイズの誘いを断るも、自分のパンを見つけられないでいる。それでも店に立ち続ける彼には、お客やスタッフ、同じ商店街の仲間たちと縁がつながり、それがまた縁を呼び、コテンに顔を出すメンバーが増えていく。それはまるで、店に並ぶ3代目のパンが増えていくよう。ドーナツ、カレーパン、コロネ、カツサンド。全てに物語がある。=朝日新聞2022年9月3日掲載