人は言葉も使えるし絵も描けるし歌も歌えるし、伝える手段はいくらでもありとてつもなく器用な生き物だけれど、それでも本当はシンプルな「誰かとの関係性」そのものについて、人に伝えることすら難しい。「誰か」が自分にとってどれくらい大切な存在なのかということを、他人や、それこそ自分自身にさえも本当の意味で100%で説明することなどできなくて、それでもここにその思いがある、関わりがある、という事実が静かに何も発信することはなくともじっと自分自身と、そしてその「誰か」との間に横たわっているのを感じている。
けれどそれでもふと、それらが私たちの閉じた世界だけでなく、別のところにいる別の「私たち」と共鳴することがある。会ったことも話したこともない「誰かと誰か」の関係を見て、私たちと同じだ、と突然確信することがあるのです。全てが完全に同じなわけではないが、言葉を使っても絵を使っても歌を歌ってもどうやっても第三者に説明しきれなかった、自分たちの間に横たわる「何か」だけが、黙ったまま共鳴をするように、「同じ」だと思う。それは、その「誰かと誰か」の目の輝き、呼吸のスピード、それよりももっと奥にある何か。「同じ」だと思えた瞬間、ずっとその内側にいて、触れることもできなかった、見ることもできなかった自分達(たち)の「心」そのものを初めて外から撫(な)でることができた感覚になる。初めてその手触りを知って、「私たちはやっぱり、唯一無二なんだ」と改めて知るのです。
この絵本は、そんな心の手触りに出会うことができる作品。ここでは「私たち」は人と犬で、言葉を交わすこともできない彼らの関わりが、読後に手触りとなって、静かに自分の中に残ります。=朝日新聞2022年9月17日掲載