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予想外の旅 澤田瞳子

 幼少時より運動が苦手なせいか、スポーツに無縁な人生である。自分からスポーツを見たことは皆無で、当然、競技場や運動公園にも足を運びもしていなかった。――そう、この秋までは。

 ことの発端は九月某日。かねて予定の二泊三日の旅行に出ようとした矢先、目的地方面への路線がトラブルで不通となった。今回の最終目的地は、乗り換えを幾度も繰り返した深山の奥。そのため私が旅先に着けないことは明らかで、旅行会社に状況を連絡すると、案の定、旅はそこで中止となった。

 ただ私はこの日のために無理を重ね、前夜はほぼ徹夜で仕事を片付けた。その果てにもぎ取った休日を無駄にしてなるものか。よし、こうなれば別の地に行こう。なにせ山奥に行くはずだったので、鞄(かばん)には防寒着が詰め込まれ、足元は登山靴。なら北だと考えた結果、思いついたのは長野県。新幹線に飛び乗りながらSNSで友人たちにお勧めの観光地を聞き、予想外の旅が始まった。

 その日は足の向くままあちこちを巡り、新幹線の中で予約した宿に入ると、不思議な形の施設が窓の外に見える。宿の方に尋ねれば、「白馬スキージャンプ場ですよ。長野オリンピックの時に作られて、見学もできます」とのお返事。

 翌日せっかくなのでとジャンプ場へ向かえば、そびえ立つそれは呆気(あっけ)に取られるほど大きい。リフトで上ったジャンプ台の上からの光景には、高い所が得意なはずの私も足がすくんだ。

 「そういえばここは競技場だ!」

 予定の旅が中止にならなければ私は長野に来なかったし、当然、ジャンプ台見学もしなかった。自分の予想とは異なる経験が出来る点から言えば、ハプニングも案外悪くはない。というわけでこの冬はタイミングが合えば、スキージャンプの中継を見てみようかな、と考え始めている。そんなきっかけをくれた列車の不通には、少しは感謝せねばなるまい=朝日新聞2022年10月5日掲載