新井見枝香が薦める文庫この新刊!
- 『無限の玄/風下(かざしも)の朱(あか)』 古谷田(こやた)奈月著 ちくま文庫 748円
- 『pray human』 崔実(チェシル)著 講談社文庫 682円
- 『傲慢(ごうまん)と善良』 辻村深月著 朝日文庫 891円
(1)「無限の玄」は、父・玄と息子二人、玄の弟とその息子一人が住む、月夜野(つきよの)の家から始まる。ブルーグラスバンド「百弦」として全国を回る五人が帰るのは、一年に一度だけ。たまたま一足先に帰った玄が、リビングで死んでいた。ところが翌朝、玄は縁側に現れ、本を読んでいる。しかし夜になると、必ず死ぬのだった。違和感を憶(おぼ)えるほど自然な、血の繫(つな)がった男たちの密接関係は均衡を失うが、玄の執念は深い。欠損を抱えた男たちのカルマは終わりそうにない。
(2)精神病棟で出会った安城(あんじょう)さんと再会したのは、また病院だった。白血病で入院している安城さんは、面会に来た「わたし」に相変わらずの悪態を吐き、ただ、話をしろと言う。小さい頃に預けられた韓国人牧師のいる教会、コンビニのエロ本売り場を滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にした事件、母に通わされた塾のこと。それらはクローゼットの闇に葬ったスケッチブックみたいに、安全な場所に仕舞(しま)っていた真実だった。静かな沈黙に耳を傾ける物語。
(3)ストーカーの影に怯(おび)え、架(かける)の家に転がり込んだ真実(まみ)が、忽然(こつぜん)と姿を消した。しかし警察は、事件性が低い、と取り合わない。婚約指輪を残して消えた真実を、架は独自に探し始めた。前橋の実家を訪れ、親の勧めで登録した結婚相談所で、真実に紹介された男たちと会い、真実を辿(たど)る。その過程で、架は善良な真実の中にある傲慢さに気付き、同時に己の傲慢さを突きつけられる。そして読者も、その衝撃を返り血のように浴びるのだ。=朝日新聞=2022年10月8日掲載