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「無人島のふたり」書評 作家が残した強くて優しい矜持

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2022年11月12日
無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記 著者:山本 文緒 出版社:新潮社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784103080138
発売⽇: 2022/10/19
サイズ: 20cm/168p

「無人島のふたり」 [著]山本文緒

 絶対にある、いつか必ず出る、と思っていた。
 二〇二一年十月十三日、作家の山本文緒さんが亡くなったと報じられた際、多くの読者が、そして出版関係者もまた、呆然(ぼうぜん)とし愕然(がくぜん)とし、同じことを思った。「え? 嘘(うそ)でしょ?」と。
 ついこの間までインスタも、Twitterも投稿されていた。『自転しながら公転する』が中央公論文芸賞を受賞したことも、新刊『ばにらさま』が発売されたことも、嬉(うれ)しそうな報告があった。
 「美味(おい)しかった」と、チョコレートやうな丼の写真を載せていた。なのに「逝去されました」といわれても。まったく実感はなく、信じられないのに、受け入れるしかなくて、しかし、そのとき確信したのだ。日記が出る。それを待とう、と。
 『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞を、『プラナリア』で直木賞を受賞するなど小説家としての支持を得てきた一方で、山本文緒は節目節目に「日記」も残してきていた。少女小説から一般文芸へと移り、離婚して、ひとり暮らしを始めた頃の『そして私は一人になった』。小説が認められ、再婚して幸福の絶頂と見られながらも心身の不調に喘(あえ)いだ日々を綴(つづ)った『再婚生活 私のうつ闘病日記』。学生時代からの習慣で、出版用ではない誰にも見せない日記も書いていると、話を聞いたこともあった。
 はたして、日記は本当に残されていた。〈2021年4月、私は突然膵臓(すいぞう)がんと診断され、そのとき既にステージは4bだった〉と始まる本書には、家族とごく少数の限られた関係者にしか知らされていなかった、「最期の日々」が綴られている。治療法はない。話し合って決めた緩和ケア。
 死にゆくことが分かっている人の日記である。正直、読むには、覚悟が必要だと思う人もいるだろう。けれど、本書には、辛(つら)く重いだけにならぬよう作家・山本文緒の読者に対する気遣いが随所に感じられる。その強くて優しい矜持(きょうじ)を、ゆっくりと受け取って欲しい。
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やまもと・ふみお 1962~2021。会社勤務を経て88年にデビュー。恋愛小説の名手として知られた。