安田浩一が薦める文庫この新刊!
- 『家(チベ)の歴史を書く』 朴沙羅(ぱくさら)著 ちくま文庫 990円
- 『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』 石井光太著 文春文庫 836円
- 『この道をどこまでも行くんだ』 椎名誠著 角川文庫 770円
(1)なぜ日本にやってきたのか、その後どうやって暮らしてきたのか――親族に問いを重ねて記憶を引きだす。著者は在日コリアン3世の社会学者だ。「一九四五年までのどこかの時点で日本に来たんだろう」としか考えていなかった一家の来歴が浮かび上がる。文献史料に拠(よ)ることのない「生身の言葉」は、定説の枠に収まらない。予想も期待も裏切る波乱に満ちた家族の生活史。著者はときに歴史と照らし合わせながら「語られぬ言葉」の意味をも考察する。等高線を探る測量技師にも似た真摯(しんし)な姿勢がユーモラスなやり取りの中に静かな緊張を招く。歴史に翻弄(ほんろう)された人々の息遣いが響く。
(2)日本は貧困大国だ。しかし、政治は自己責任を主張して当事者の苦悩を突き放す。それでいいのか。世界を回り「貧困の最前線」を取材してきた筆者が17歳の「君」に語りかける。ストリートチルドレン、売春、ドラッグ。事例として提示されるのは著者が目にしてきた世界中の貧困現場の風景だ。痛々しくてつらくなる。だが、それでも世界は動いている。社会は変えることができるのだと訴える。提示された「新しい幸せ」が希望の光を与えてくれる。
(3)そこに道がある限り歩き続ける。椎名誠の旅は終わらない。予定を消化することが目的ではないのだ。北極圏で、南米で、遊牧民の地で、気の向くままに道を選ぶ。足を進める。そしてそこには必ず営みがある。「シーナ」は人と動物の命を見つめる。そのとき、世界は多様な色彩を放つ。=朝日新聞2022年11月26日掲載