- いけない2
- 逆転美人
- かわいそ笑
電子書籍でも近い体験は可能なものの、「ページをめくる」という表現にはやはり紙の本特有のニュアンスがある。ページをめくることで効果を上げるタイプのミステリーがこのところ立て続けに刊行されているのは、ただの懐旧趣味ではなく、紙の本ならではの可能性に多くの作家が改めて着目しつつあるからではないか。
道尾秀介『いけない2』は、同じ著者の『いけない』同様、各章の最後のページをめくった時に現れる写真(前作では絵もあったが今回は写真で統一)が、本文中では具体的に語られなかった真実を暗示するスタイルの小説である。少女の失踪、小学五年生たちが計画した悪戯(いたずら)、父親による息子殺しなど、各章で語られる出来事は奇妙な因果で結ばれている。それは「明神(みょうじん)の滝」にすむという、人間の祈りを聞き届ける代わりに大事なものをもらい受ける恐ろしい神の御業(みわざ)なのかも知れない。その因果の全体像は、写真の意味と本文のニュアンスをすべて読み解いた時に初めて浮上するだろう。これぞ名人芸と唸(うな)らされる一冊だ。
藤崎翔『逆転美人』は、香織という仮名の女性による手記の体裁を取っている。彼女は美貌(びぼう)のせいで幼い頃から執拗(しつよう)ないじめに遭い、不幸ばかりの人生を歩んできた。挙げ句の果てにある事件をめぐって世間から大々的にバッシングされることに……そこで彼女は『逆転美人』と題した手記を出版することにしたのだ。
香織に同情しつつ、手記の文章にどこかしらぎこちなさを感じながら読んでいると、既にその時点で壮大なトリックが始動しているのだ。「ミステリー史上初の伝説級トリック」という帯の惹句(じゃっく)の正確度はともかく(実際には、狙いが近い有名な先例がある)、それに続く「紙の本でしかできない驚きの仕掛け!」という一文はその通りであり、電子書籍版が発売されていないのも頷(うなず)けよう。
主にインターネットを舞台に活躍している怪談作家・梨の『かわいそ笑(わら)』は、著者が収集してきた怪談の紹介という体裁で、SNSやブログなどの引用、謎の写真などによって構成されている。それぞれ独立した怪談に見えるエピソード群はある因果で結ばれており、それを探ってゆくプロセスはミステリー的である。
怪談とフェイクドキュメンタリーの相性の良さは数多い小説や映像作品で証明済みだが、本書の場合、今世紀初頭のネット文化の再現ぶりが迫真の極みであり、その時代を知る読者を共感性羞恥(しゅうち)のどん底に突き落とそうとする著者の悪意が半端ではない。また、ページをめくると思わずギョッとするような趣向が数カ所に施されており、それも含めて、読むこと自体が呪いとなるという本書の狙いは大成功を収めている。=朝日新聞2022年11月30日掲載