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松村雄策「僕の樹には誰もいない」 天衣無縫で技巧的な遺稿集

 3月に70歳で亡くなった音楽評論家松村雄策さんのエッセー集が『僕の樹には誰もいない』だ。収められた50編はすべてロッキング・オン誌掲載で、2009年12月号から昨年11月号まで。松村さんの生前に書籍化を企画した編集者が選んだ。
 1972年の創刊以来およそ半世紀、松村さんは同誌に書き続けた。ビートルズを巡る小林信彦氏との論争が一般の話題になったが、かのロック評論誌に目を通したことがなければイメージが湧きにくいかもしれない。記者は中学生だった70年代後半から約5年購読して離れた。そして再び松村さんの文章に出会った。

 変わってないな、と思う。ジョン・レノンやポール・マッカートニーなど本題の話に入る前にマクラを振る。しばしば本題より長くなるのだが面白い。落語のような天衣無縫のスタイルは、ロックという音楽の本質的な自由さに通じている。晩年のエッセーだから、病気の話が多くなるのは仕方ないけれど。
 こちらも35年以上文章でメシを食ったので、マクラと本題のつなぎに凝らしていた技巧には気付いた。冒頭の一編では、外国たばこを買う時は必ずウィンストンかL&Mだったとマクラを語り、本題を呼び込む。それがどれぐらい絶妙か。昔の読者も確かめてほしい。(村山正司)=朝日新聞2022年12月3日掲載