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舘野鴻さん・なかの真実さんの絵本「ねことことり」 異なる者同士、すれ違いを重ねてわかり合う

『ねことことり』(世界文化社)より

猫が主役の物語を

――『ねことことり』はどんな経緯で生まれたのでしょうか。

なかの真実(以下、なかの):もともと私が月刊絵本「おはなしワンダー」編集部から、猫と貝殻を題材にした絵本を描いてほしいと依頼を受けていたんですね。でも、話がなかなかうまくまとまらなくて。月刊絵本はスケジュールがかなりタイトなので、これはまずい、と師匠である舘野さんに相談したんです。

舘野さんとの出会いは2017年の春、私がイラストレーターとしての仕事で行き詰まりを感じていた頃のことでした。自分の絵の代わり映えのなさに悩んでいたとき、舘野さんが下北沢のダーウィンルームで「舘野スケッチラボ」というスケッチ教室を始められると聞いて、通い始めたんです。今は、神保町のブックハウスカフェで毎月開催されている舘野さんの「絵画講」を受講し、ときどきアシスタントなどもさせていただいております。

お話が作れずに困っていることを打ち明けると、舘野さんは絵画講のあと、何時間も一緒に考えてくださって。

舘野鴻(以下、舘野):物語を作るのってまあまあ体力のいることなんですが、とにかく時間がない上に、お題が難しかった。それで、とりあえず貝殻のことは置いておいて、猫が主役のお話を考えよう、ということにしました。

なかの:相談してから3カ月経っても話ができあがらず、いよいよスケジュール的に切羽詰まってきたとき、舘野さんが口頭であらすじをばーっと話してくれたんです。頭の中で並べていたパズルのピースが一気に組み合わさっていくように、物語が繋がっていきました。私は必死になって書き留めながら、お話の中に紡がれた様々な気持ちや余韻の残るラストにじわーっと感動して。断片的にですが絵も浮かんできて、「これは絶対に自分が描きたい!」という気持ちが湧いてきました。

舘野:でも、月刊絵本は次の月に小鳥の話が決まっているから、小鳥の出てくる話はNGと言われてしまったんです。なかのさんがものすごく残念がっていたので、それならこっちは単行本で出してもらったらいいんじゃないかと。

なかの:最終的に、月刊絵本は私の作・絵で『みどりのがけのふるいいえ』となり、『ねことことり』は同じ編集さんのもと、単行本として企画を進めていただけることになりました。

背景にある深いテーマ

『ねことことり』(世界文化社)より

―― 猫のもとに小鳥がやってきて、「小枝を少し分けてもらえないでしょうか?」と頼むところから、物語が動き出します。

舘野:猫は小枝を束ねる仕事をしているんですね。枝は別の猫が山から取ってきて、トラックに積んで持ってきます。猫がエプロンつけて仕事をしてるなんて、普通はありえないでしょう? でもこれはファンタジーですからね。狩りの対象である小鳥と出会っても、猫は襲いかかりません。

この絵本で擬人化された猫には人間が投影されています。生物が生きていくためには少なからず環境の破壊や搾取が必要ですが、猫がこぶしの枝を山から採ってくる量は尋常ではありません。小鳥は枝がなくなっていくせいで、巣が作れず、絶滅の危機に瀕します。自然界というのは、搾取する人間社会に対してどこまでも寛容で、されるがまま。その様を小鳥に重ねました。けれど、そのままでよいのでしょうか。『ねことことり』は、表面上は素敵な友情物語ですが、実はそんな関係性を下敷きにした物語です。

―― 花や紅茶のいい匂いに誘われて猫の家を訪れた小鳥と、その匂いがわからない猫。キャラクター設定はどのようにして考えたのですか。

舘野:なかのさんの行きつけのギャラリーに、かつてダミアン店長という名の人懐こい猫がいたんですね。鼻が利かない猫という設定は、その猫をモデルにしました。

『ねことことり』(世界文化社)より

鼻が利かないというのは、五体満足な人が普段感じることのできる知覚の一部を失っているということ。それが生まれつきのものであれば、ずっとにおいがわからない世界で生きているから、その状態が半ば「当たりまえ」になっていると思うんですね。僕ら健常者は勝手に不便そうだと感じてしまうんですが。

僕が長年一緒に虫の調査をしている相棒は、先天的に左手から先がありません。片手で網を持って、採集した昆虫を容器に移して……その作業だけでも大変だよなと僕は思って、便利なものを彼にプレゼントしたり、「やろうか?」と手を貸そうとしたりしていました。でも彼はいつも「大丈夫です」って。あれ、僕がやろうとしたことは間違っていたのか?と、モヤッとして。

―― よかれと思ってやっているのになぜだろう、と。

舘野:僕は今年、骨折で左手が数カ月使えない時期があったので、改めて彼はすごいなぁ、よくやってるなぁと思いました。でも彼に言わせると、なんでみんな片手でできないんだろう、と。そうか、彼は特に助けを必要としていなかったのか、とそこでやっと気づくわけです。

そんな風にすれ違いを何度も重ねながら、徐々にお互いの立場や気持ちをわかっていく、そういう時間も大事ですよね。こういう相手に対してはこう対応しましょうとマニュアル化するよりも、すれ違いから気づくことこそ尊いなと。少しずつ関係を積み重ねていくことで、すごくキラリとしたものが残るのではないかなと思うんです。僕自身のそんな経験から、『ねことことり』では相手を思うがあまり生じる気持ちのすれ違いも描きました。

リアルな自然を描くために八ヶ岳山麓へ

―― 師匠である舘野さんとの共作、プレッシャーはありませんでしたか。

なかの:プレッシャーもありましたし、力不足も痛感しました。あらすじを読んだときは頭に絵が浮かんで、描きたいと強く思ったんですが、実際に描くとなるとやはりそう簡単ではなくて。

舘野さんからは、絵本のための絵とはどういうものか、というところから教えていただきました。私が最初に作った絵コンテは目線が一定で、単調な画面になってしまっていたんですが、舘野さんは演劇や踊りや音楽もやられているからか、平面の中にも空間や音や立体感のある演出をされるんですよね。それぞれの場面を演劇の舞台のように考えて、どこにスポットライトを当てるか、読者の目線をどこに集中させるか……そういった演出も絵本作家の仕事なんだなとわかりました。

『ねことことり』の絵コンテ

―― リアルな自然を描くために、八ヶ岳山麓へ取材に行かれたのだそうですね。

なかの:舘野さんや絵本作家のかわしまはるこさんと一緒に、八ヶ岳に2回と、埼玉・飯能にも何度か取材に行きました。植物の名前をばーっとリスト化してから、その中のどれを描くかを決めて、季節が変わったところをまた見に行って。

舘野:植物を描くためには、その植物はいつどこにあるのか、生物季節的な部分や分布的な部分なども含めて、科学的なものの見方が必要になります。季節ごとの生物の変化はほぼ決まっていて、僕らの都合には合わせてくれないので、それを追いかけるしかありません。なかのさんは家の中の調度品を描くのが好きだし得意なので、自然のものを描くのは大変だったんじゃないかな。

なかの:取材旅行なんて言うと優雅に聞こえるかもしれませんが、実際はかなり壮絶でした。舘野さんは長年、生物調査で山を登られているので、体力があるんですよね。走るようなスピードでどんどん行ってしまうので、気づいたら遠くにいる、みたいな。私はすぐバテてしまって。

時間との戦いもありました。たとえば朝の光を浴びる葉っぱを描くとしたら、光の加減で葉の色が刻々と変わっていくので、数秒単位でインプットしないといけない。情報をひとつも逃さず持って帰る、そのぐらいの集中力が求められました。

それと、描くための写真の撮り方をわかっていないまま、ひたすら撮っていたので、いざ描こうとすると葉っぱの構造がよくわからない、情報が足りないから描けない、ということもあって。かわしまさんから「よかったら使ってね」と、たくさんの写真や動画を提供していただきました。長年、虫やカエル、植物などの取材を積み重ねて来られたかわしまさんの撮る写真は、対象を絵描き目線で捉えた「情報」となっていて、作画の際とても助かりました。

『ねことことり』扉ラフ。枠外には植物の名前のメモ書きがある

『ねことことり』(世界文化社)より

舘野:生き物を描くときは、現場で環境全体を見ることがとても大事ですね。子どもに見てもらう絵は誠実でなければいけないと思うんです。そのためにはしっかり観察して、理解して、自分の中で昇華した上で描く必要がある。『ねことことり』の絵の筆の細かさも、彼女なりの誠実さの現れだと思いますよ。この一冊にどれほどのエネルギーを使ったか、それはきっと読者にも伝わっているはずです。

―― 舘野さんが自分で描かず、別の作家さんに絵を託すのは、どんなお気持ちなのでしょう。

舘野:単純に、やらなきゃいけない仕事がすでに10年20年先まであって、時間がないというのもありますし、若い人たちのために場所を空けたいという気持ちもあります。僕の体の半分くらいは師匠である画家・熊田千佳慕でできていて、そこは守っていきたいと思っているんですが、老害にはなりたくない。細々とやっていければそれでいいなと。

原作はその点いいですよね。自分で描くとなると、絵がすぐにイメージできてしまって、それ以上もそれ以下もありません。でも人に描いてもらうと、自分の関わった物語の中に自分では想像していなかったフレッシュな絵が生まれてくる。この楽しさは格別ですよ。だからこれからも、なかのさんはもちろん、若い人たちにどんどん描いてもらいたいと思っています。

実は『ねことことり』の続編として、猫側のストーリーと小鳥側のストーリーも作ったんです。『ねことことり』では明かされなかったことを、それぞれのサイドから描いた物語です。まだ決まっていませんが、できればそれも、なかのさんと絵本にできたらいいなと思っています。