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北海道編 群を抜くスケールの大作ぞろい 文芸評論家・斎藤美奈子

国立のアイヌ文化発信拠点「ウポポイ」で披露されたアイヌ古式舞踊=2020年7月、北海道白老町

 北海道の歴史はアイヌ民族抜きに語れない。アイヌ語は固有の文字を持たず、神話や伝説をユーカラ(英雄叙事詩)やカムイユカラ(神謡)などの口承文芸の形で伝えてきた。

 〈銀の滴(しずく)降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに〉

 この美しいフレーズはカムイユカラ13編をはじめてアイヌの女性が自ら日本語に訳した知里(ちり)幸恵アイヌ神謡集』(1923年/岩波文庫)の一節である。登別に生まれた幸恵は旭川の女子職業学校を出て上京、言語学者の金田一京助に師事するも19歳の若さで世を去った。

 函館港から出航し、オホーツク海で操業する工場船を描いた小林多喜二蟹工船』(1929年/新潮文庫『蟹工船・党生活者』所収など)と並ぶ北海道の文学の原点だろう。

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 今日、「先住民族の権利に関する国連宣言」(2007年採択)に基づく「アイヌ施策推進法」(19年施行)にアイヌ民族は先住民族だと明記されている。だがそれまでの日本は「北海道旧土人保護法」(1997年廃止)により彼らを和人に同化させる政策をとってきた。

 1990年代には、こうした和人の暴挙をアイヌ民族の側から描いた長編が登場する。船戸与一蝦夷(えぞ)地別件』(1995年/小学館文庫)と上西晴治十勝平野』(1993年/筑摩書房)だ。

 前者は江戸後期、圧政に苦しむアイヌ民族最後の蜂起「クナシリ・メナシの戦い」(1789年)を、ロシア、松前藩、徳川幕府、商人などの動きをからめて描いた歴史小説。後者は釧路市に隣接した今の浦幌町を舞台に、明治初年から1968年までの100年を、同化政策に翻弄(ほんろう)された一家3代の目を通して描く。

 〈差別なんか撥(は)ね返せ、ここはアイヌモシリなんだからな〉

 モシリとは土地の意味。先住民族の権利回復が国際的にも求められている今こそ読むべき作品だろう。

 では、開拓に生きる道を求めてこの地を踏んだ人々は?

 池澤夏樹静かな大地』(2003年/朝日文庫)はアイヌの人々との共生を求めた青年の物語だ。

 徳島藩のお家騒動で淡路島から静内(現新ひだか町)への移住を命じられた稲田家の家臣団。明治4(1871)年、その一員として家族とともに9歳でここに来た宗形三郎は札幌で農業と牧畜を学び、アイヌの仲間たちと馬を生産する牧場を開く。事業は成功し、彼らの夢は実現したかに見えたが……。

 乃南アサ地のはてから』(2010年/講談社文庫)は入植者の苦難を女性視点で描いている。

 大正6(1917)年、福島県の神俣(かんまた)(現田村市)から知床半島のイワウベツ(斜里町)に移住した一家。だがこの地は農業に適さず、漁の出稼ぎに出た父も、宇登呂(うとろ)(斜里町)に移った後に母と再婚した養父も死んだ。小学校を出た娘のとわは小樽に子守奉公に出る。

 過酷な自然と想像を絶する人々の困難。観光地として国内人気ナンバーワンを誇る北海道の過去と現在を文学は教えてくれる。いずれもこの地への認識が改まる大作である。

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 三浦綾子氷点』(1965年/朝日文庫など)や、浅田次郎鉄道員(ぽっぽや)』(1997年/集英社文庫)ほか数々のベストセラーを生んだ北海道だが、傑作佳作はまだ尽きない。

 葉真中顕(あき)凍(い)てつく太陽』(2018年/幻冬舎文庫)の舞台は軍需産業で潤う鉄の町、室蘭。時は戦争末期(1944~45年)。主人公は和人の父とアイヌ民族の母を持つ特高警察の刑事である。だが彼はあらぬ容疑で逮捕され、監視の対象だった朝鮮人の青年と網走刑務所からの脱獄を試みる。皇民化政策への告発をこめた社会派冒険小説だ。

 さらに桜木紫乃ラブレス』(2011年/講談社文庫)は標茶(しべちゃ)町の貧しい開拓村で育った女性が旅の一座に加わり、歌の力で生き抜く波乱の生涯を描いた一代記。河﨑秋子土に贖(あがな)う』(2019年/集英社文庫)は札幌の蚕種(さんしゅ)業、毛皮用のミンクの養殖業、北見のハッカ農家など、かつて北海道で興隆した産業の従事者に光をあてた短編集だ。

 群を抜くスケール感こそ北海道文学の命。土地だけでなく、人もである。腰をすえて読んでほしい。=朝日新聞2026年3月7日掲載