銭湯が好きだ。手足を伸ばして湯に浸(つ)かっていると、縮こまっていた細胞がふわーっと膨らんで息を吹き返すような気がする。自宅の湯船では叶(かな)わないこの感覚、本作を読んでいる最中も味わった。淡く、伸びやかな線で描かれた夏の海辺やファンタジックな宇宙の広がりがそう感じさせたのだろう。
友人も、周りの大人たちも大事にしたいのに、整理のつかない思いで心の容量はいっぱいいっぱい。そんな高校生のナギが最後の夏休みに夢の中で出会ったのは、宇宙生物学者を名乗るプラテスという少年(?)。彼曰(いわ)く、「宇宙には色んな姿の『自分』が同時に存在している」らしく、それは「より心の本質に近いエネルギー体」であるらしい。
プラテスが宇宙を観察しながら散歩をするシーンがある。誰かのエネルギー体が美しく光る、静かで、穏やかな森のような場所だ。そこで観察者に徹し、「人間」に倣ってお茶を淹(い)れるプラテスの一連のふるまいには、場を包み込むような温かさがある。
時折、差し挟まれるメタ視点は、我々を単なる読者に留(とど)まらせない。いつの間にか、ここに描かれた自由な宇宙が我が物のように感じられ、それが心地よい読後感へと繋(つな)がる。=朝日新聞2023年1月7日掲載