「リズム・ゼロ」(1974年)というパフォーマンス作品でよく知られる美術家マリーナ・アブラモビッチの展覧会図録が面白そうだったので手に取った。本書と同タイトルの展覧会は、昨年9月から3月まで英・オックスフォードで開催中だ。
門や入り口を意味するタイトルは、人々の意識が別の領域に到達するための暗喩的な装置を指す。観客は携帯電話を手放し、ヘッドホンで外界から遮断される。ピットリバース博物館でのリサーチプログラムにより発見された「はかない物体」たちのドローイング、それらを用いたパフォーマンスの記録写真は、とても魅力的で不可解だ。このわからなさこそアートの神髄のような気がする。
162ページのインタビューでは、一般的なアート展が観客をいかに受け身にしてしまうか、本展でそれをどう回避するかが語られている。それがちょうど、自分の考えていた課題と同じで驚いた。英語版であることも含め、彼女の作品のわからなさが楽しめる本だ。=朝日新聞2023年1月7日掲載