ISBN: 9784622095279
発売⽇: 2022/12/13
サイズ: 20cm/343,58p
「帝国の虜囚」 [著]サラ・コブナー
第2次大戦中に日本軍が行った連合軍捕虜の虐待は、映画になるほど知られている。米軍捕虜の3人に1人が収容所で死亡したという。泰緬(たいめん)鉄道の建設などに動員されたアジア人労働者の死亡率も高かった。
なぜこうした事態が起きたのか。映画などでは、非人道的な日本の国民性や特異な精神性が強調されてきた。本書はそうした安易な日本人論を退け、多角的に実態を掘り起こす。占領地であるシンガポール・フィリピン、植民地朝鮮、福岡の収容所を対象に、手記・インタビューなどから捕虜や監視兵の経験に迫る。
日本軍は上層部の指令によって虐待を行ったわけではなかった。重要なのは、日本軍には急速に膨れ上がった捕虜を管理する準備がなかったことだ。民間の収容所や植民地出身の監視兵は、捕虜の正しい扱いに関する教育を受けていなかった。前線の日本軍兵士の置かれた状況は、捕虜と同様に劣悪だった。こうした様々な要因が捕虜の虐待を生み出していた。
一方で、連合軍の捕虜は人種的な序列意識や男らしさの規範を強く内面化していた。大戦中、アメリカは日本人に対する人種差別をプロパガンダとして国内に広めた。アメリカ人捕虜の苦痛には、劣位にあるはずの日本人に従属させられる屈辱が含まれていた。
日米は大戦から何を学んだのか、と本書は問う。近年のイラク戦争に至るまで、アメリカは自国の捕虜の悲劇を強調する一方、相手国の捕虜に関する計画を持たずに戦争を繰り返す。日本はそのアメリカと共同歩調を取る。著者が注目するのは、戦後、捕虜の扱いを定めたジュネーブ条約を改定する会議に参加した、日本代表団の鮎沢巌の言だ。国際条約の細かな規定よりも、各国が戦争放棄を実践するほうがはるかに有効だろうと鮎沢は言う。歴史的事実や歩み得た別の可能性を正視し、現状の問題を省みる。そうした契機を、本書は与えてくれる。
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Sarah Kovner コロンビア大上席研究員(日本研究)。イエール大フェロー、フロリダ大准教授も務める。