安田浩一が薦める文庫この新刊!
- 『孤塁 双葉郡消防士たちの3・11』 吉田千亜著 岩波現代文庫 1100円
- 『ナチズムの美学 キッチュと死についての考察』 ソール・フリードレンダー著、田中正人訳 ちくま学芸文庫 1210円
- 『テロルの原点 安田善次郎暗殺事件』 中島岳志著 新潮文庫 693円
(1)ついに原発が暴走した。東日本一帯を大地震が襲った日のことである。津波被害の対応に追われる福島県双葉郡の消防士たちの緊迫の日々はそこから始まる。「もう帰れねーな」と思う者がいた。上司に「殺す気なのか!」と怒号を飛ばす者もいた。恐怖を抱えながらも消防士たちは不眠不休で地域を守る。勇ましさの記録ではない。丹念な取材によって浮かび上がるのは消防士たちの切羽詰まった息遣いと、生を弄(もてあそ)ぶかのように暴走する原発の存在だ。感情を排した筆致は、むしろ読み手の気持ちを激しく揺さぶる。
(2)ナチスに魅了される人々がいる。たとえば東京の路上で繰り返されたレイシスト集団のデモにおいても、何度かハーケンクロイツの旗を目にしたことがあった。外国人排斥の主張をナチズムに重ねる行為には嫌悪と憤りしか感じなかった。欧州では犯罪と認識されるこの表象は、ときに歓喜と興奮を発揚させる。そうした回路を生み出す「美学」の本質とは何なのか。ナチスの様式に触れた文学や映画を解題しながら、著者はそこにキッチュと死の「完全な綜合(そうごう)」があると訴える。
(3)1921年、安田財閥を率いる安田善次郎が凶刃に斃(たお)れた。暗殺犯は31歳の青年、朝日平吾。目的を遂げた彼はその場で自死した。朝日の足跡を辿(たど)るなか、彼をテロに向かわせた鬱屈(うっくつ)と承認願望が見えてくる。当時と酷似した時代状況のいまだからこそ、私たちは知るべきだ。テロルの欲求が身近に存在することを。=朝日新聞2023年2月18日掲載