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残念なこと 千早茜

 先日、直木賞の贈賞式があった。小説家デビューしてから一緒に本を作ってきた人たちや友人、家族、敬愛する表現者の方々が駆けつけてくれた祝福に満ちた夜で、思いだすとただただ眩(まばゆ)い。みんなの笑顔や言葉を私は一生忘れないと思う。

 ただ、大きな賞というだけあって、選考会から一ケ月の間に実にいろいろなことがあった。二十年以上も連絡をとっていなかった人から馴(な)れ馴れしいメールがきたり、私が書いた個人宛(あて)の手紙を公開されたり、一度しか会ったことがない人が私の人となりを吹聴したりした。十五年も職業作家として小説を書き続けてきたのに、「直木賞」の文字で対応を変える人たちをたくさん見た。私の常識では考えられないようなことが多かったので、ひとつひとつに傷ついた。愚痴を言うと「良いことがあったんだから少しは目をつぶらなきゃ」と言われるのもつらかった。誰かに良いことがあったら、それに便乗して心ない非常識な行為をしてもいいということなのだろうか。

 数日前、私の出身校に垂れ幕がかかっていると同郷の人から写真が送られてきた。そこには赤い「祝」の文字と共に私の名前と直木賞受賞作品などが印刷されていた。垂れ幕は大きく、校舎の上から下まである。確かに私の出身校だったが、私が報道関係に明らかにしているプロフィールの学歴は大学からのもので、その学校のことは載せていない。そして、卒業生として垂れ幕を掲げることに関して、私は学校側から一言の連絡ももらっていなかった。

 誤解されたくないのだが、私は怒っているわけでも、その学校に恨みがあるわけでもない。ただ、他人の名前を勝手に公開するような教育機関をもう母校とは思えなくなった。それはとても残念なことだ。

 賞をもらっても受賞作の内容が変わらないのと同じく、私も変わらない。私の名前も私だけのもので、無許可で使われていいものではない。輝く「良いこと」に目がくらんだ人たちの言動も私は忘れずにいたい。=朝日新聞2023年3月8日