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TOUTEN BOOKSTORE(愛知) わかりやすさと探す楽しさ。商店街にあった、知らない本と出合う仕掛けあれこれ

 行動制限が緩んでくると、遠方に住む友人たちに俄然会いたくなる。愛知県内に住む養蜂家のタケちゃん夫妻とも、ずっと会いたいと思っていた。アカシヤや桜など、可憐なお花たちから採蜜する可憐なおじさんのタケちゃんは、最近どうしているのか。

 ふとタケちゃんのことを考えていると、「名古屋でイベントを企画しているので、参加しないか」と連絡があった。場所は金山にある、「TOUTEN BOOKSTORE」とある。えっ本屋でやるの? じゃあ参加しない&取材しない理由はないよね! この3年間、必要に駆られた移動の際も「名古屋飛ばし」をしてきた私は、久々に名古屋駅17番ホームに降り立った。

 JRと名鉄、名古屋市営地下鉄が通る一大ターミナルの金山に来たのは、実に何年ぶりだろう。思い出せない記憶を手繰りながら、沢上商店街を歩く。商店街といいつつ、住宅が目立つ。

左隣の「憩」だった建物と棟続きになっている。

 「COFFEE 憩」なる喫茶店の隣に、TOUTEN BOOKSTOREがあった。店のガラス戸に「本 コーヒー ビール」とあり、豆を挽く音が店外にも心地よく響いている。しかし憩と、一部バッティングしないのだろうか?

「看板は残っていますが、お隣はもう開いてないんですよ」

 オーナーの古賀詩穂子さんが、ちょっと残念、という表情で教えてくれた。

古賀詩穂子さん。ガラス戸の「TOUTEN BOOKSTORE」ロゴは、看板屋でグラフィックデザイナーの廣田碧さんによるもの。

「りぼん」を支える仕事に憧れて

 古賀さんは名古屋市と一大自動車工業都市・刈谷市の間にある愛知県大府市生まれ。子どもの頃から「りぼん」を愛読する、マンガ大好き少女だった。なかでも、古賀さんが10代の頃の人気作家、槙ようこの大ファンで、「将来はりぼんを支える仕事をしたい」と考えていたそうだ。

「本も好きだったんですけど、『りぼん』が本当に好きで。毎年都内でりぼん編集部がフェアをやるんですけど、私も関わってみたいと子ども心に思ってたんです」

 りぼんフェアといえば、全国の少女の憧れ。私もマンガ家会いたさに、群馬に生まれたことを呪ったものである。そんな古賀さんは、マンガを描くことにもチャレンジしたという。目指すは当時の最年少記録、14歳で作家デビューすること。しかし中学でバレー部に入ったら忙しくなりすぎ、気付いたら14歳になっていた。マンガ家は諦めて、本そのものに関係する仕事をしよう。大学を卒業した古賀さんは2大取次会社のひとつ、日販(日本出版販売)に就職。営業として、名古屋市内の書店をまわることになった。

「働いて2年ぐらいしたら、今度は本屋さんになりたいと思うようになったんです。そんな折に、かもめブックスの柳下恭平さん と出会って。2017年に退社して、柳下さんが代表をつとめる鴎来堂で働くことを決めました」

 なんと! 以前訪ねたかもめブックス の、柳下さんに背中を押されたとは。かもめブックスの運営会社、鴎来堂 の、新しい本屋を作る部署で働くうちに、古賀さんの本屋になりたい熱はますます高まっていった。

あまり栄えすぎてないから金山

店がある沢上商店街は、かつて「名古屋一狭い商店街」と言われ、幅2.5メートルの位置に店舗がひしめき合っていた歴史がある。

 約3年経った2019年に地元に戻り、本屋をテーマにしたフリーマガジン「読点magazine、」を発行しつつ、じりじりと開店準備を進めていった。店を開くのは、「あまり栄えすぎていない街」がいい。物件を借りたい人が自分の思いをぶつけて、貸したい人を募集するサイト「さかさま不動産」で、本屋を始めたいとアピールした。すると、現在の大家から声がかかった。

 そこはターミナル駅として馴染みのあった金山の、元時計店だった。登記上は築50年、ホントは築70年程度の古民家で、ずっと気にはなっていたものの、「ちょっと家賃が高いかも」と逡巡していた場所だった。でも、やることに決めた。2020年6月から準備をはじめ、10月にはオープンに向けてのクラウドファンディングを始めると、約400万円が集まった。

階段をあがると、かつての時計屋の看板が。外れなかったのでそのままにしてあるそう。

「開店資金は全部で1200万円程度で、3分の1がクラウドファンディングで集まりました。700万は公庫に借り、残りは自己資金でまかなったのですが、その頃愛知県の木材を建築資材に使うと、補助金が出る制度があって。本棚やベンチは、新城市の木材で作りました」

愛知県の木に囲まれた店内は、温かみに溢れている。

 店を入ってすぐの場所にあるベンチは、前世は新城市の学校校庭にあった銀杏の木。

 2階でもコーヒーやビールを飲んでひと息つけるよう、1階にカウンターと水道を付けることは最初から決めていた。豆は名古屋市内のロースタリ―から仕入れていて、 スパイスやハーブの利いた焼き菓子も、愛知県内と通販のみで販売する「焼き菓子モモ」という店のもの。なるべく地元メイドを使いたいと語る古賀さんの、愛知愛がビンビンに伝わってくる。

ビールも知多市岡田にある醸造所、OKD KOMINKA BREWINGのもの。

分かりやすさと、探す楽しさにこだわった品揃え

 「自分の推したいものと注文があったものをメインに集めていますが、あえてジャンルは絞っていません」という店内の棚には、「学び続ける姿勢」「他者の靴をはく」などの文字が添えられ、テーマに即した本が置かれている。「色々考えすぎて、全然違う本ばかりになっている棚もあります」と古賀さんは笑ったけれど、今の気分にフィットするものがセレクトできそうで、つい色々読んでしまう。

棚に貼られたひと言は、ただ眺めるのも楽しい。 

 小説やノンフィクションだけでなく、歴史ものや時代小説、雑誌までが並んでいる。確かに今、徳川は全国的にアツいかもしれない。が、個人書店で雑誌を置いているのは、ちょっと珍しいかも。

「分かりやすさと、探す楽しさの両方がある品揃えにしたかったし、普段本屋に行かない人に来てもらうのは、どうしたらいいんだろう? というのをテーマにしていて。だから生活に即したものや、雑誌は外せないと思っています」

ふらっと散歩がてら立ち寄る人もいれば、お三方のようにお店を目指してやってくる人も。

 そんな話をしていると、次々とお客さんがやってきた。2人の姪っ子とともにいた男性は、2021年のオープン以来、何度も来ていると教えてくれた。

壁にサインとイラスト(ひじの下)を描いていたのは、マンガ家の西尾雄太さん。著者の来店で、プチサイン会状態に。

 えっ個性的なメガネ……? と思ったら、マンガ家の西尾雄太さんだった。3月20日まで、「コミックビーム」(KADOKAWA)で連載中の「下北沢バックヤードストーリー」の複製原画と、キャラクター衣服の展示イベントが開催されているので、店に来てみたそうだ。

人と会う楽しさ、知らなかった本を手による喜び

 元マンガ大好き少女は、自分の手で原画&衣装展を開く書店主になっていた。過去と現在は確実につながっている。今こうしてここにいる瞬間が、私と古賀さんの未来につながるといいな。そんなことをひとり脳内で考えていると、イベント開始時間が迫ってきた。入管問題や反差別運動に取り組む友人も交えて、古賀さんと3人で話すことになっている。とはいえゆかりのない土地だから、果たしてお客さんは来てくれるだろうか……?

 なんて不安は全くの杞憂で、友人の友人からはじめましての方まで、タケちゃん&古賀さん&友人・結ちゃんの尽力により、用意した席はほぼ埋まった。本屋の社会的意義、書くことの責任、名古屋入管で起きた、ウィシュマ・サンダマリさんの死亡事件、運動現場につきもののホモソ―シャルとは……。「おしゃべり会」と銘打ったイベントだっただけに、話題はあちこちピンボールのように跳ねていく。

 せっかくなので女性差別の話題になったらジェンダーがわかる本、移民や難民に話が及んだら彼ら彼女らの状況がわかる本など、古賀さんにおススメ本を尋ねていくことに。すると当意即妙、パスを受けるや否や、次々とタイトルを挙げてくれた。まだ読んでいない本もかなりあって、聞いているだけで私もワクワクしてくる。進行役をつとめていたはずが、気付けば本を薦めてもらいたい1人になってしまっていた。でも本屋でのイベントの醍醐味って、まさにこの「知らない本と出合える」ことではないかな。

 誰かを目の前にして何かを話す。知った本をすぐに手に取り開いてみる。すっかりリモート慣れしてしまっていたけれど、リアルだからこその感覚を、久々に味わい尽くすことができた1日だった。名古屋、飛ばさずに来てよかった。でもタケちゃん夫妻とは、あまり話す時間がないまま別れてしまった。だから次回は2人と古賀さんが淹れるコーヒーを飲みながら、本や本以外について向かい合ってじっくり話をしてみたい。

(文・写真:朴順梨)

古賀さんが選ぶ、「今」と「過去」をつなげる3冊

『戦争と私』貝谷アキ子(桜山社)
当店のある名古屋市熱田区が空襲で焼かれる前の思い出を中心に、当時の暮らし、戦争時代の貴重な体験が綴られています。貝谷さんの姪御さんが当店の常連さんで、この本を教えてくれました。永く読み継がれるように、店頭に置き続けたいです。

●『IWAKAN』ニューピース(Creative Studio REING)
世の中の当たり前に“違和感”を問いかける雑誌『IWAKAN』。特集”愛情”からトークイベントや展示、読書会を当店でも開催しています。問いかけることで考える。自分自身が抱えていた違和感についても考える機会を多くもらっている雑誌です。

●『マッドジャーマンズ: ドイツ移民物語』ビルギット・ヴァイエ(花伝社)
モザンビークから東ドイツに渡った移民の人たちの証言をもとに作られたグラフィック・ノベルです。当店には海外コミックの棚があるのですが、それはこの本を読んだのがきっかけでした。出会ってきた本によってお店もまたできているのだと思います。

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