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やさしさや思いやりに罪はあるのかを問う堅牢なトリック小説「ヴィクトリアン・ホテル」 新井見枝香が薦める新刊文庫3点

新井見枝香が薦める文庫この新刊!

  1. 『ヴィクトリアン・ホテル』 下村敦史著 実業之日本社文庫 858円
  2. 『占(うら)』 木内昇著 新潮文庫 781円
  3. 『満天のゴール』 藤岡陽子著 小学館文庫 814円

 (1)ホテルが100年の歴史にいったん幕を下ろす。女優の優美は、演じた役をSNSで批判され、休業していた。元弁当屋の老夫婦は、良かれと思っての行動が世間から叩(たた)かれ、店を畳んでいた。ホテルの宴会場でパーティーが行われた文学賞の受賞者は、作品が誰かを傷付ける可能性を指摘され、自信を失(な)くしていた。やさしさや思いやりに罪はあるのか。彼らが偶然居合わせるその日を描いた、堅牢なトリック小説。

 (2)占いがテーマの短編集。「山伏村の千里眼」では、大叔母を頼りに村から都会に出てきた杣子(そまこ)が、《ここにいるのにどこにもいないような風情》を買われて、カフェーのレジスター係に収まる。ある時、大叔母の家で、夫の浮気に悩む女の話を聞き、杣子はその希薄な存在感のおかげで培った観察眼をもとに、推論を述べた。それが噂(うわさ)を呼び、女たちが列をなす。占うことで達観していく17歳の杣子には、占いの本質が視(み)えている。

 (3)看護学校を卒業したものの、職には就かずに結婚した奈緒は、夫から突然別れを切り出され、10歳の息子を連れて実家を訪れる。二度と戻らないと決めた故郷だったが、父親が骨折し、夫との離婚も決意したことで、奈緒は地元の病院に看護師として就職することにした。その病院の医師・三上は、医療過疎地に住む独居老人を訪ね、患者は、彼がくれる星のシールを嬉(うれ)しそうに集める。増え続ける星は、彼らが「生き抜いたことの証(あかし)」だ。それぞれの心にある、大切な星が眩(まばゆ)い。=朝日新聞2023年3月11日掲載