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多様な視点 語り合って気づいた ベストセラー「同志少女よ、敵を撃て」を読む 第1回 ハヤカワ高校生読書会

読書会に参加した高校生のみなさんと作者の逢坂冬馬さん

時代も場所も遠い戦争 リアルに感じた

 お昼過ぎ、早川書房本社の一室に制服姿の高校生が次々に入ってきた。全員、読書会は初めての体験で、緊張感が漂う。司会を務める早川書房の担当者が「様々な背景を持つ登場人物が出てくる作品で、違う環境にいる人に想像力を働かせるのに向いている。様々な立場から意見を交わすことで新たな視点から読めれば」と趣旨を説明し、読書会が始まった。

 まず、各校が事前に用意してきた「読みどころ」を発表した。じゃんけんで、一番手は渋谷幕張に。ある生徒は「戦争がリアルに感じられるところ」を挙げた。題材は独ソ戦で、現代日本からは時代も場所も遠いが、「細かい戦況の説明やわかりやすい描写で、目の前で戦争が起こっているかのように感じられました」と語った。

銃、シスターフッド、ウクライナ侵攻…… それぞれの読みどころ

 「銃」という視点から読み解いた生徒も。この作品で興味を持ち、両親に頼んで射撃場でビームライフルを構えてみたのだという。想像以上に重く、構えるだけでも大変だったが、スコープをのぞき込みながら、主人公の意識に近づいたと感じた。「皆さんも想像してみてください。ロシアの大地で銃を構え敵に照準を合わせるその瞬間を」と呼びかけた。

 続いて、慶應の4人が発表。一人が作品のテーマとして取り上げたのは、女性狙撃手たちの「シスターフッド」(女性の連帯)だ。「物語序盤で描かれた狙撃訓練生としての助け合いと成長は、読者が彼女たちに感情移入する大きな助けになった」とみる。

 ロシアによるウクライナ侵攻と絡めた読みも外せないだろう。本作の刊行は2021年11月で、ウクライナ侵攻が始まる約3カ月前だった。「読者は、主人公たちが見た地獄の世界が、現実に繰り広げられているのかもしれないという不安や恐怖を想起することになる。戦争の恐ろしさ、戦場に赴く人々のやるせなさを心に抱き、反戦意識を高めることができるのではないか」

共感してしまうことの恐ろしさ

 最後は、浦和一女の番だ。ある生徒は、主人公たちは年齢の近い女性だが、最初はあまり共感できず「一人ひとりをいち登場人物としてしか見られなかった」という。価値観も時代も違い、作品には彼女たちが狙撃手として人命を奪う場面が描かれる。だからこそ、読み進めていくうちに「彼女たちに共感し始めてしまう」ことを「恐ろしく感じた」と明かした。読み終わった後、放心状態になったという。

 別の生徒は「性『差別』を本気で描ききった作品」と分析する。作中では様々な問題提起がされているが、「私たち女性も差別への潜在意識を持っていると感じた」と話した。

 第2部は、それぞれに「共感できる人」「共感できない人」を挙げ、質問や意見を出し合った。「共感とは何か」という問いから、議論が深まっていく。他の高校の発表を聞いている間、生徒たちは真剣なまなざしで大きくうなずいたり、手元の本で関係する場面を探したり。会場は共通の本について語り合う高揚感と一体感で包まれた。

歴史の授業だけではわからない「敵」

 各校で意見をまとめ、第3部へ。第2部の討議で感じたことや、タイトルにもある「敵」とは誰なのかについて発表した。

 慶應のある生徒は「敵は人によって違うものだなと思った」と切り出した。「歴史の授業を受けるだけだと、ドイツ兵、ソ連兵にとって、敵はお互いのことを指すものだと思っていた。この小説を読んで、ソ連兵の中でも実は『女性を守るための敵』や『コサックを守るための敵』というように違いがある。敵の姿がより細分化されていると感じました」

 「共感」の捉え方について話したのは、浦和一女の生徒だ。「私は共感する人物を挙げるときに、自分が同じ気持ちになった人を選んだが、憧れからその人を選ぶという見方があり、それも一つの共感なのだと知った」

 渋谷幕張の生徒は「同性だけのコミュニティーにずっといると異性に対しての意識が固定化されたり、自分とは違うものという意識が芽生えたりしてくると思う」と指摘。「今回、男子校、女子校、共学が集まって、それぞれに違った読み方をしていて面白かった」と振り返った。「私たちの意見として、この作品における『敵』とは、いともたやすく人の倫理観を変えてしまう戦争という環境そのものであるという結論に至りました」

逢坂冬馬さん登場 「共感できないことから 世界が広がる」

 読書会もこれでおしまい、というところで、別室で見守っていた作者の逢坂冬馬さんが登場。大きな拍手で迎えられた逢坂さんが、生徒たちにメッセージを送った。

「小説が完成するのは、書き終えたときや製本されたときではなく、みなさんに語ってもらったときではないかと思う。今回、作品を語ってもらったことに感謝します。

 共感というのはすごく難しいことなんです。いま、共感という言葉で小説を語る人が大勢いますが、実は『自分にとって良い小説であるか』と『共感できるかどうか』とは似て非なること。これから先、自分とは全く違う価値観のもとに作られていて共感できない話だけど、すごく面白い、そんな作品にきっと出会うと思います。

 人は自分の立場に基づいて共感するしかありません。ひょっとしたら10年後にこの本を読み返してみたら、共感する対象が異なっているかもしれない。そして、共感できない対象に直面したときに、その理由をぜひ考えてみてほしい。共感できないとみなさんが挙げた登場人物にも、ある種の一貫性がある。なぜ一貫性をもって、こういうことをしてしまうのか。そこに理解が及んだとき、自分の共感の対象が少し変わってくるはずです。

 僕も自分の作品を冷静に振り返ってみると、自分はミハイルやイェーガーであり得たと感じます。そのときに、考え方や価値観が少し揺らぐ。それが自分の世界が広がることだと思うんです」

引率の先生「高校生でここまでできるとは」「これからも読書共有する体験を」

 読書会の終わりには、引率の先生たちも発言。国語を教えるある先生は、「高校生でここまでできるとは」と驚きを口にした。「生徒も含め、自分たちはフィクションを通して戦争とはどういうものかに向き合わざるを得ない世代だが、同時にいま実際に戦争が起こっており、それを間接的に体験している世代でもある。フィクションと現実の世界をどう往復していくべきか、考えさせてもらった」

 普段から読書会の普及に取り組んでいる司書の先生は、「読書をすることで、いろいろな視点が開いていったり、いろいろなことを考えさせられたりするはず。ぜひこれからも他の人と読書を共有するという体験を続けていってほしい」と話した。「そうすることで、きっとみんなの人生がより豊かなものになると思う」

参加校・生徒

埼玉県立浦和第一女子高等学校 本多実鈴さん、中村 綾さん、渡邊琴音さん
慶應義塾高等学校 石井想大さん、大賀未来さん、大石風雅さん、印南 翼さん
渋谷教育学園幕張高等学校 飯泉華子さん、林さん、畔上真歩さん

読書会の採録(全文)は
こちらでお読みいただけます。 ▶︎https://www.hayakawabooks.com/n/n1c501cdd3a25

高校の先生、司書の方へ

早川書房は今後も【ハヤカワ高校生読書会】を開催したいと考えています。
参加を検討したい、もっと詳細がお知りになりたいという方は、件名に「ハヤカワ高校生読書会」と明記のうえ、以下のメールアドレスにお問い合わせ下さい。

customer@hayakawa-online.co.jp