1. HOME
  2. 書評
  3. 「コソボ」書評 深い分断 融和へオシムの遺産

「コソボ」書評 深い分断 融和へオシムの遺産

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2023年03月18日
コソボ苦闘する親米国家 ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う 著者:木村 元彦 出版社:集英社インターナショナル ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784797674200
発売⽇: 2023/01/26
サイズ: 19cm/255p

「コソボ」 [著]木村元彦

 著者は、『悪者見参』『オシムの言葉』などで旧ユーゴスラビアのサッカーと現代史の重なり合いを丹念な取材を元に描いたジャーナリストである。
 コソボは、アルバニア人が住人の9割を占める小国。セルビア正教の総主教修道院がありセルビア人の精神的支柱でもある。旧ユーゴ時代にセルビアの自治州だったコソボは74年に他の共和国と同等の地位を得たが、89年にセルビアのミロシェビッチ大統領が自治権を大幅に削減。反発したアルバニア人は二通りの抵抗の道を選ぶ。非暴力主義を貫き新政府樹立にかけるか、コソボ解放軍のゲリラ活動で内戦を戦うかだ。
 99年、コソボのラチャク村でアルバニア民間人の虐殺が起こる。著者も虐殺当時この現場に訪れ確認している。英米独仏伊ロの調停を拒否したミロシェビッチに対し、NATO軍は空爆で応え、セルビア治安部隊は撤退した。だが、実はこの調停ではNATO軍の自由な軍事行動と、訴追と課税の免除という無茶(むちゃ)な条項が最終段階で米国に入れられていたのだった。
 衝撃的なのは、コソボ解放軍によって3千人とも言われるセルビア人が誘拐され、秘密裏に臓器が売買されていたことだ。しかも、独立したコソボの首相を含む政府要人の関与も強く疑われている。これをマフィアとの闘いで名を上げた国連検事のカルラ・デル・ポンテが告発するが、調査段階で米国は非協力的態度をとる。空爆の正当化に固執する米国の姿が忘れ難い。
 臓器売買のためにセルビア人が殺害された「黄色い家」への著者の訪問記は必読。また、民族の分断が深まるなか、様々な民族が共存するチームを作ろうと奮闘したコソボサッカー協会の会長ファデル・ヴォークリのように、民族融和を目指す人々の言動にも注目したい。ここに、あえて民族対立から切り離して旧ユーゴチームを編成し率いたオシムの遺産を見出(みいだ)すことができるだろう。
    ◇
きむら・ゆきひこ 1962年生まれ。ジャーナリスト。『オシムの言葉』でミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。