「ソクチョの冬」書評 最低限の表現で最大限の想像力
ISBN: 9784152102027
発売⽇: 2023/01/24
サイズ: 20cm/183p
「ソクチョの冬」 [著]エリザ・スア・デュサパン
主人公はフランス人の父と韓国人の母の間に生まれた二十代のわたし。韓国の束草(ソクチョ)という町の旅館で働いている。俳優を目指している彼氏がいて、魚市場で働く母親の家にも週に一度泊まっているが、父親のことはよく知らないようだ。
冬のある日、ヤン・ケランというフランス人のバンド・デシネ(ベルギーやフランスで人気の漫画のジャンル)作家が旅館を訪れるところから物語は始まる。ケランはあらゆる国を旅する考古学者のシリーズを描いており、最終巻の舞台として束草を選んだのだ。
韓国語のできないケランに頼まれ、主人公は北朝鮮との境界線や洛山寺(ナクサンサ)など、様々な場所に連れて行く。彼女はケランと、ケランの描く女性を激しく意識しているのだが、その感情については詳(つまび)らかにされない。
地面が凍るほど寒い冬、母からもらった蛸(チュクミ)を使った料理、日常会話に度々登場する整形を勧める言葉、境界線を区切る有刺鉄線、韓国に生きるミックス女性の日常が、何らかの思いが強調されるわけではなく、さりげなく表現されている。明晰(めいせき)で抑制の効いた文章はしかし、閉じられた世界を過不足なく想像させ、主人公の中に立ち現れるケランへの激しい思いを着実に浮き彫りにしていく。
漫然と韓国語で書かれたものと思い込んで読んでいたが、読後フランス語で書かれた小説だと気づいた時、何か合点がいった気がした。ケランと主人公は英語で話していて、主人公は英語よりフランス語の方が堪能なのだが、それをケランには言わないのだ。この言語を巡る冷静さと緊張感ある距離感によって、この独特の余白が生まれているのかもしれない。伝えすぎない、書きすぎない、最低限の表現で、最大限の想像力が丁寧に引き出される。分かりやすい表現を求められがちな現代で、こんなにもさりげなく、しかし言葉への強固な信頼を感じられる小説が生まれたことに、私は深い安堵(あんど)を覚えた。
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Élisa Shua Dusapin 1992年生まれ。父は仏人、母は韓国人。本書で仏語圏の賞や全米図書賞翻訳文学部門受賞。