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チョ・ナムジュ「82年生まれ、キム・ジヨン」 リベラル男性の半端さ突く

 本書が韓国で出版されたのは2016年。翌年に#MeToo運動の発端となる、元大物映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインの告発(映画「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」が見事に描いた)があったことを考えると、本作はフェミニズムの新たな波の中から生まれつつ、その波を大きく後押しするものだったと今ならよく分かる。

 生まれ年と韓国ではよくある女性名だけで構成された題名、そして表紙の顔のない女性の絵(韓国版も顔のない女性があしらわれている)は、女性差別的で家父長的な社会に自己を奪われた女性を表現すると同時に、そういった経験の普遍性も表現している。顔のないキム・ジヨンは、あなたかもしれないのだ。

 映画版を観(み)た方は、この原作もぜひ手に取っていただきたい。原作は男性精神科医の語りの枠が、キム・ジヨンを苦しめる家父長制の再生産について非常に皮肉でダークな結末をもたらしているが、同時に彼女の人生に関わる女性たちがいかに粘り強く家父長制と戦ってきたかを小説ならではの方法で語ってもいる。キム・ジヨンの「病」は個人のものではなく、社会がもたらしたものである、それゆえにこそ、連帯と社会によって解決できる、という希望も、この小説は暗闇の中に見いだすのだ。

 興味深いデータがある。単行本版では男性が購入者のうちの21%だったのが、文庫版では27%となっているそうだ。中でも50歳以上男性の増加が注目される(KINOKUNIYA PubLine調べ)。この作品は男性に根を張った女性差別を告発するもので、「耳が痛い」作品のはずだ。しかも、女性の苦境に表面上の理解を示すリベラル男性(ジヨンの夫や精神科医)の中途半端さこそが、家父長制を保存しているという痛いところもこの小説は突く。それにもかかわらず男性読者が増加していることは、歓迎したい。よく言うように、フェミニズムの問題の大部分は「男性問題」なのだから。=朝日新聞2023年3月25日掲載

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 斎藤真理子訳、ちくま文庫・748円=3刷5万部。2月刊。単行本は23万3500部を発行。「K―POPアイドルらの言及や映画化で韓流ファンの間でも読まれている」と版元。