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「ちいさな声」に耳を傾けて こんのひとみさん作の絵本「くまのこうちょうせんせい」

『くまのこうちょうせんせい』(金の星社)より

「出前ライブ」がきっかけに

——「ひつじくん、おはよう!」。いつも大きな声で朝のあいさつをしてくれる優しいくまの校長先生。そんな先生に、どうしてもちいさな声しか返せないひつじくん。あるとき、元気いっぱいだった校長先生が病気で入院することになって……。ひつじくんの頑張りに思わずエールを送りたくなる、こんのひとみさんの『くまのこうちょうせんせい』(絵・いもとようこ/金の星社)は、がんで余命告知を受けた後も子どもたちに「いのちの授業」を続けた、神奈川県茅ヶ崎市の浜之郷小学校校長、大瀬敏昭さんがモデルとなった絵本だ。

『くまのこうちょうせんせい』(金の星社)より

 浜之郷小学校の大瀬先生と出会ったのは、シンガーソングライターとして学校や福祉施設への「出前ライブ」を積極的に行っていたころ。学校の保健室を題材にした「保健室」や「パパとあなたの影ぼうし」などの楽曲を聞いた同小学校の養護教諭、於保和子先生が「こんのさんと大瀬先生が考えていることって、とてもよく似ていると思うんです」と引き合わせてくださったのが、始まりです。

 「子どもたちのちいさな声にも耳を傾けよう」という気持ちでずっと曲をつくってきたのですが、大瀬先生はこうした楽曲や2001年に出版したエッセイ『ちいさな声 パパとあなたの影ぼうし』(ポプラ社)にも非常に共感してくださって。「さびしさや不安を、言葉でうまく表現できない子どもがいる。学校は教育の場でもあるけれど、子どもたちが心から安らぐことができる、癒やしの場でもありたいんです」という大瀬先生の言葉に感銘を受けました。

ありのままの姿を受け止める

——入院して、今までのように大きな声でおはなしすることができなくなったくまの校長先生は「ちいさなこえに、じっと みみをすます」ことの大切さを知る。

『くまのこうちょうせんせい』(金の星社)より

 入院中、絵本と同じように大きな声が出せなくなった大瀬先生でしたが、看護師さんが一生懸命耳を傾けてくれたとき、ちいさな声の子どもにも「大きな声で元気よく!」と指導してきたことを初めて後悔した——とおっしゃっていました。病気になって、初めて気付くことってあると思うんです。私自身、大瀬先生と同じ病気を患ったことで、誰かと会話したり、歩いたり、食事したり……そうした「当たり前のこと」が当たり前のようにできるのは本当に幸せなことなんだな、と改めて気付かされました。

「せんせいね、びょうきになって わかったことが あるんだよ。/おおきなこえを だそうとおもっても、だせないときが あるんだね。できなくなって、はじめてわかったんだ。/ひつじくん、おおきなこえを だそうねって、/いっぱいいって、ほんとにわるかったね」(『くまのこうちょうせんせい』(金の星社)より引用)

 絵本の中の「こうちょうせんせい」のセリフは、大瀬先生の言葉そのものです。あとがきでも触れましたが、大人って、「子どもは明るく、元気が一番!」だと思いがちですよね。でも、大瀬先生は「ちいさくて弱い子どもの姿を、ありのままに受け止めてあげること、子どもたちの持つ痛みを分かち合うことが大人の役割だと思います」とおっしゃっていた。この大瀬先生のひとことが、この絵本をつくる土台となりました。

大瀬校長の思いをつなぐ

——くまの校長先生のように、大瀬校長は病と闘いながら教壇に立った。手術後も学校に復帰し、余命告知を受けている自らの病状を明らかにしながら、生と死について生徒たち自身に考えてもらう「いのちの授業」を続けてゆく。

 「いのちの授業」に何度か参加させていただいたんですけど、大瀬先生の授業では、自分の意見を発表するときに大きな声を出さなくてもいいんですよ。どんなに声がちいさくても、みんなが静かに耳を澄ませれば聞こえるからねって。ぽつりぽつりとちいさな声で話す子の言葉に、生徒全員がじいっと耳を傾けている。初めて見る授業風景に感動したことを覚えています。

 大瀬先生の授業を目の当たりにして、絵本の構成については非常に悩みました。ありのままの姿を受け止めてあげるなら、「ひつじくん」は“ちいさな声”のままで終わってもいいんじゃないか。大きな声を出せなくても気持ちは伝わるんだよ、というメッセージのほうがいいんじゃないか……。でも、やっぱり普段大きな声が出せない子も「もっと伝えたい」「こんなふうになりたい」という気持ちは心の奥底に持っているんじゃないかと思ったんですね。

 「よく頑張っているね、ちゃんと見ているよ」と、自分のことを認めて見守ってくれる存在があるだけで、子どもは自然と強くなれるんじゃないか。くまの校長先生が山頂で倒れたとき、「たすけて〜!」とひつじくんが大声を出せたのは、大好きな校長先生を助けたいという強い思いがあったからこそなんです。

 このシーンは、いもとようこ先生が字の配置や大きさなどもすべて細かくデザインしてくださって、心に残るクライマックスになったと感じます。いもと先生は私にとって「絵本の神様」のような方。制作中に迷いが生じたときも、いもと先生と打ち合わせを重ねることで、「大瀬先生の思いを伝える」という原点に立ち返ることができました。

『くまのこうちょうせんせい』(金の星社)より

「絵本の力」を信じて

——2004年に発売されてから19年。『くまのこうちょうせんせい』は多くの読者に支持されて版を重ね、ロングセラーとなっている。

 絵本の完成を見ることなく、大瀬先生は亡くなられたのですが、先生の奥様が絵本の表紙を見て「元気だったころの大瀬がここにいますね」と言ってくださったことが、今も忘れられません。

 ありがたいことに多くの読者に絵本を読んでもらえて、皆さんからの感想もたくさんいただきました。サイン会のときに、赤ちゃんを抱っこした若いお母さんが「子どものころに読んでずっと心に残っていました。自分の子どもが生まれたら絶対に買ってあげようと思っていたんです」と絵本を持ってきてくださったことも。読者とのあたたかな出会いは数えきれませんが、特別支援学級で先生が読み聞かせをしたときの出来事も印象に残っています。みんなの前では普段おはなしをしない子が、ひつじくんと一緒に「たすけて〜!」と、初めて大きな声を出してくれたと聞き、「絵本をつくって良かった」と心から思いました。

 こうした皆さんの感想を聞くたびに、「絵本の持つ力」を改めて感じます。大瀬先生も『わすれられないおくりもの』(評論社)、『葉っぱのフレディ—いのちの旅—』(童話屋)など、絵本の読み聞かせを通じて「いのちの授業」を進めてこられました。先生は「絵本は対象を選ばず、シンプルな表現の中にも力強いメッセージがある」と言っておられましたが、幅広い世代の心に訴えかけることができ、子どもと大人が共に楽しめることが、時代を超えて読み継がれる「絵本の力」だと感じます。

 生きていると苦しいこともあるし、しんどいことだってたくさんある。「限りある命をどう生きるか」という答えのない問いに向かい合ったとき、浮かぶのは、大瀬先生が子どもたちに伝えていた「いのちのリレー」という言葉です。たとえ身体がこの世からなくなっても、その人の心や思いは残された人たちにつないでいくことができる。命が尽きる最後の日まで諦めないで、毎日を精いっぱい生きていけば、どんな形でもバトンを渡すことができるのではないかと、思っています。