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日常は幻想に支えられていることを明かす「丸の内魔法少女ミラクリーナ」 藤井光が薦める新刊文庫3点

藤井光が薦める文庫この新刊!

  1. 『丸の内魔法少女ミラクリーナ』 村田沙耶香著 角川文庫 704円
  2. 『転落』 アルベール・カミュ著 前山悠訳 光文社古典新訳文庫 990円
  3. 『すべての、白いものたちの』 ハン・ガン著 斎藤真理子訳 河出文庫 935円

 人が存在することの不思議さが強く感じられる三冊。(1)は、四つの物語の女性主人公の設定からして秀逸だ。小学校のときに始めたヒーローごっこを三〇代後半になってもやめられない、小学校時代の初恋の相手に大学で再会して監禁してしまう、性別が禁止された高校で恋心に悩む、二年ぶりに働き出すと人々の感情から怒りが消えていることに気がつく。読者を笑わせたり感動させたりと巧みに語りを進めつつ、日常の「当たり前」は幻想によって支えられてもいるのだと暴き出す。

 一方、古典新訳で登場した(2)は、露悪的な一人語りでラストまで突き進む。アムステルダムのバーで初対面の男性に話しかけてくるフランス人の男性は、パリで弁護士をしていたという自らの生活を語っていく。殺人や性といった三面記事のような要素をふんだんに盛り込みつつ、気がつけば、その男性が頂点から転落していくさまを見たいと思うように読者を仕向けてくるのだが……。冗舌な語り口に絡め取られた先には、人の性(さが)を見つめざるをえない冷ややかな瞬間が待っている。

 そうしたけたたましさを洗い流すような(3)は、白という世界のなかにふと浮かび上がる言葉と記憶の美しさが際立つ。ワルシャワに一時滞在することになった作家が、見知らぬ都市の風景のなかで、自らの記憶とも向き合う。ろうそくや波や白木蓮(はくもくれん)といった「白」に、生と死、不在と存在についての囁(ささや)くような思索を託す詩的な文章の巧みさに息をのむ。=朝日新聞2023年4月1日掲載