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人気SF作家が雨を描くと 吉田大助が薦める新刊文庫3点

吉田大助が薦める文庫この新刊!

  1. 『円劉慈欣短篇集』 劉慈欣著 大森望、泊功、齊藤正高訳 ハヤカワ文庫SF 1210円
  2. 『ありふれた金庫』 北野勇作著 ネコノス文庫 1210円
  3. 『旅する通り雨』 沢村凜著 角川文庫 792円

 天気によって、気分は変わる。いい天気ならば、気分もよくなる。逆も真なり。気分次第で、天気がいいか否かの感じ方は変わる。

 (1)は超大作SF『三体』の著者による短篇(たんぺん)集。珠玉の一編「円円のシャボン玉」は、砂漠化に見舞われた中国西北部で生まれ育ち、赤ん坊の頃からシャボン玉に魅了されていた少女・円円の物語だ。研究者となって開発した特殊なシャボン玉で、円円は雨が降らない故郷の気候問題を改善へと導く。一連の顛末(てんまつ)にも驚かされるが、月とシャボン玉が織りなすクライマックスのビジュアルが途方もなく美しい。その美しさの崩壊を機に降り注ぐ雨には、幸せの匂いが染み込んでいる。

 (2)は著者がTwitterで毎日発表している「ほぼ百字小説」シリーズから、二〇〇本を厳選した一冊。雨、雪、台風など、天気を題材にした作品が意外なほど多いのは、その日に起きた出来事からネタを調達しているためか。「激しい雨で夏の名残が剥がれ落ちていくのはいつものことだと思っていたが、剥がれるのは夏だけでは済まない」。豪雨は何を剥がすのか?

 雨がく(来)る、とは日常でも使われる表現だが、その語感を物語に変換したらどうなるか。(3)の舞台となる村では、大人たちがこんな噂(うわさ)話をしている。「雨がくると、覚悟をしなけりゃいけない。家族がひとり、へることを」。噂話を耳にした少年は、雨雲と一緒に村へやって来た旅人に恐怖を抱いて――。この世界の雨は、悪(あ)しきものか善きものか。判断は、読み手の気分に託されている。=朝日新聞2023年4月15日掲載