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生と死の交錯する場の一期一会の縁を浮かび上がらせる「無縁坂」 谷津矢車が薦める新刊文庫3点

谷津矢車が薦める文庫この新刊!

  1. 『無縁坂 介錯人(かいしゃくにん)別所龍玄(りゅうげん)始末』 辻堂魁(かい)著 光文社文庫 748円
  2. 『わかれ縁(えにし) 狸穴(まみあな)屋お始末日記』 西條奈加著 文春文庫 726円
  3. 『三年長屋』 梶よう子著 角川文庫 946円

 今回は「人の縁を描いた時代小説」をテーマに選書。
 牢屋敷の首打役を務める若き武士、別所龍玄を主人公にした(1)は、社会の要請に従い腕を振るうプロフェッショナルの姿を描く。不浄の役目と誹(そし)られても首を打つ相手の子細に耳を傾け、「斬られる者と斬る者が、この世における最初で最後の意気を交わ」すことにこだわり続ける龍玄の佇(たたず)まいは清冽(せいれつ)の一言。一人の仕事人とその周囲を描いた家族小説の色もありつつ、生と死の交錯する場に花咲く一期一会の縁を鮮烈に浮かび上がらせる。
 駄目夫のもとから逃げ出し、色々あって離縁の調停を得意とする公事宿(くじやど)「狸穴屋」の手代見習いとなった絵乃の奮闘を描く(2)は、「離縁」を巡る人間のいざこざと情を描き出した時代小説。縁あって連れ合った二人の間に立ち、こじれた赤い糸を解いていく本作は、情が混じるがゆえにこんがらがっていく「縁」の厄介さを描き出すとともに、主人公絵乃の人生に暗い影を落としていた悪縁が、「狸穴屋」という良縁によって解かれる道程を描く物語でもある。
 三年住めば出世するとの評判の立っている通称三年長屋の雇われ差配(大屋)で、「差し出がましいようだが」が口癖の元武士、左平次を主人公にした(3)は、長屋の人々の縁を横軸に据えた時代小説。悪をぎゃふんと言わせる娯楽小説的な歯切れの良さで作品を引っ張りつつ、三年長屋の成り立ちの裏に隠されたある人物に端を発する良縁が、悪縁を断ち切っていく人情譚(たん)でもある。=朝日新聞2023年4月22日掲載