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ク・ビョンモさん「破果」 ありがちな「おばあちゃん」像を挑発する“殺し屋老女”

『破果』著者のク・ビョンモさん=本人提供

 「漠然と、殺し屋の物語を書いてみたいと思っていました」。クさんは同書を書いたきっかけをこう説明する。若く機敏で強い殺し屋は映画などに多く登場する。新たな人物像を模索していた時、冷蔵庫の中で、古く傷んだ桃を発見した。「その時、自分が探していたのは力を失って見栄えもしない主人公だと気づいた。女性は弱者ですが、高齢という条件が加わると、さらに(生きることが)困難になるという現実が思い浮かんだのです」

 主人公を高齢女性に設定した後は、「そうした像に求められてきた立ち位置と条件」を覆そうと考えた。高齢女性は多くの場合、「自分の体と心のケアよりも、家族の世話という義務」を果たし、経済的な貧困と肉体的な脆弱(ぜいじゃく)さという二重の困難を背負っている、と感じていた。

 「自己犠牲ばかりが目に付く母親の姿を見て育った娘たちは『母親のようにはならない』と結婚と出産を拒否します」「『母親の老後はきっと幸せだ』と娘たちが十分に予想できる社会だったら、少子化という現象は今ほど深刻ではなかったはずです」

 そんな現実を物語の中で覆そうとする中で浮かび上がった主人公が、爪角(チョガク)という老女だった。依頼者にとって駆除すべき人物を殺害する「防疫」の処理能力の高さには定評のあるすご腕。かつて産んだ子供を養子縁組に出した過去を回想する場面はそっけなく、「何の悔恨も」感じていない様子が描かれる。「家族主義と母性神話を拒否するためです」

 だが、そんな爪角も老いのせいか感情の統制がきかなくなり、年下の男性医師に対する思いが抑えきれなくなっていく。その思いが母性なのか、恋なのか、本の中では意図的に明確にしなかったと言う。「高齢者、特に高齢の女性に許されている感情というのは『ケア』に重点を置く母性愛だけ」だと感じていたからだ。「恋心の入り交じったあいまいな感情や明確な恋心は、社会的に糾弾される。高齢の女性が母性愛以外の感情を持ち得るという事実を社会が認めないことに疑問を呈したかったのです」

 2013年に同書が韓国で刊行された当初は、あまり話題にならなかった。だが、韓国でも、#MeToo運動が盛んになると、「こういう女性の物語を読みたかった」などと話題になり、18年に改訂版が刊行された。昨年末に刊行された日本語版も各所で話題を呼び、4月には3刷に。ありがちな「おばあちゃん」像を挑発するような爪角の物語は、日本でも共感と憧れの波紋を広げている。(守真弓)=朝日新聞2023年4月26日掲載