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森沢明夫「プロだけが知っている小説の書き方」 読者を勘違いさせてくれる

 小説を書くのはつらい。

 これまでに三冊の単行本を出したが、どうすれば小説が書けるのか未(いま)だわからないでいる。PCの前に陣取りキーボードの上で指を何時間も泳がせてなお、頭の中は真っ白だ。苦し紛れにサーチエンジンに入力する。

 「おもしろい 小説 書き方」

 締め切り前日にこんな検索をするプロが一体どこの世界にいるのかと思うが、追い詰められたときほどこういう手段にすがってしまう。私の本棚には窮地で買い求めた創作指南書がぎっしり詰まっている。

 これらハウツーが私を直接的に救ってくれたことがあるかというと、まあ、ない。

 本質的に小説の書き方は教えられるものではないのだろう。読みやすい文章を書く方法や、読者が喜ぶ物語の類型。そういったものには正解があるといえるかもしれない。しかし、それは社交における礼儀作法のようなものであって、語るべき内容を規定してはくれない。

 執筆は、精神と道具を衝突させて言葉を生み出す行為だ。胸に抱えている風景は人によって全く違うし、その違いこそが文章の価値なのだから、統一的ノウハウがあるはずもない。やはり小説は、どうにかこうにか、悪戦苦闘して書くほかない。

 しかし、私はこの種の創作指南書を大いに「役立てて」きた。

 ハウツーの効用はエナジードリンクに似ている。それ自体に必須栄養素が含まれているわけではないが、糖とカフェインがもたらす一時的な高揚感が「やるぞ」を引き出す。そう、実際に「やる」のは自分自身だ。

 『プロだけが知っている小説の書き方』が教えるのは簡潔かつ堅実な執筆ノウハウである。すぱすぱと小気味いいテンポで進むレッスンを読み込めば、執筆の基本的な作法が理解できるだろう。そしてなにより、読者に良質な勘違いをさせてくれる。

 自分にも書けるのだ、と。

 それが何より大事だと思う。小説など、勘違いしていなければ書けない。=朝日新聞2023年4月29日掲載

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 飛鳥新社・1430円=10刷2万9千部。昨年7月刊。「コロナ禍でネットで小説を投稿する人が増えたため、小説サイトと連携して発刊。書き手を中心に口コミが広がった」と担当者。