初めて「踊り場」という言葉を耳にした日から、小さく平たいあの場所を愛(いと)しく感じている。人生の幕が下りる前にも踊り場があればいい。肩の力を抜き、自分を見つめなおすことができる場所として――。そんなことを思ったのは、本作の舞台たるカフェが、踊り場的役割を果たしていたからだ。
そのカフェのコンセプトは、妹役のメイドが客を「お兄ちゃん」として迎えてくれるというもの。集う客はほぼ中高年の男性で、熟年離婚など個々に痛みを抱えている。リボンにフリル、白いエプロンに身を包んだ7人の妹メイドは、不思議なおまじないで、客の悲しみや嫌なことを忘れさせることができる。そんな彼女たちにはある秘密がある。
人から顧みられない者や自分の過ちを認識できない者をも糖衣のように甘い世界へと招きいれる包容力が、作品全体を温かく包み込んでいる。重圧から解放された時の人は、いかに軽やかで可愛い存在であることか――。物語の中で、人の存在そのものが肯定されているようにも思え、グッとくるものがあった。
本作は、1話ごとにメインの客とメイドが入れ替わっていく連作だが、読後、また1話目を読みたくなる環(わ)のような物語でもある。=朝日新聞2023年5月6日掲載