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過酷な土地と人の関係を描く「ノー・カントリー・フォー・オールド・メン」 藤井光が薦める新刊文庫3点

藤井光が薦める文庫この新刊!

  1. 『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』 コーマック・マッカーシー著 ハヤカワepi文庫 1650円
  2. 『よその島』 井上荒野著 中公文庫 858円
  3. 『背高泡立草(せいたかあわだちそう)』 古川真人著 集英社文庫 550円

 人と土地はどう関わるのか。その問いは、今も物語を生み出す豊かな土壌であり続けている。(1)はメキシコとの国境地帯にある米テキサス州の赤茶けた土地を舞台に、麻薬取引の金をめぐって繰り広げられる凄惨(せいさん)な暴力を容赦なく見つめる。暴力の行使を一度も躊躇(ためら)わない人間と、躊躇う人間の差はどこにあるのか。過酷な土地は、人をどう形成していくのか。そうした問いの下にある、おびただしい血を吸った大地が次に生み出す人間が、米国の未来を決めていくことになる。

 一転して(2)は、東京から飛行機で三十分のところに位置する島に老後の住まいを定めた老夫婦と小説家の男性という三人が、それぞれ抱えた過去とどう対峙(たいじ)するのかを、緊迫感たっぷりに描き出す。語られる記憶はどこまで真実なのか、目の前にいる人物は一体何者なのか、視点を次々に切り替えつつ読者を翻弄(ほんろう)する語りのなかで、独特の色彩の描写が頭に焼き付く。その舞台となる島は、密室めいた空間として現れるのだ。

 同じく島を舞台としながらも、(3)は鮮やかな広がりを見せる。現代の福岡に暮らす若い女性が母に誘われ、長崎の島にある実家の納屋の草刈りに行き、長居せずに帰宅する。それだけの描写に、満州に移住した夫婦、終戦直後に朝鮮半島に戻る船が難破した若者など、その納屋にまつわる過去の物語が重ね合わせられる。島の時間と空間は外に向けて大きく開かれているのだと気づくとき、何も起こらない現在の瞬間が輝き出す。=朝日新聞2023年5月6日掲載