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「妾と愛人のフェミニズム」書評 家族の理念と性規範を問い直す

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2023年05月13日
妾と愛人のフェミニズム 近・現代の一夫一婦の裏面史 著者:石島 亜由美 出版社:青弓社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784787235176
発売⽇: 2023/03/27
サイズ: 19cm/278p

「妾と愛人のフェミニズム」 [著]石島亜由美

 「妾(めかけ)」や「愛人」は、もはや死語のようにも思える。だが本書によれば、週刊誌上で「愛人」が多く登場したのは、意外にも2000年代だそうだ。明治以降、妾・愛人は常に社会に必要とされてきた。本書はこの二つの言葉の歴史を丁寧にひもとき、問題系を読み解く。
 明治初年の新律綱領では、妾にも法的地位が定められ、妻と同等の2等親に位置づけられていた。跡継ぎを産むために必要な存在と見なされたからだ。だが近代化政策の一環として一夫一婦制の確立が目指されると、妾制度は廃止された。それでも、戦前を通じて妾囲いの慣習は残り続けた。商人・華族・聖職者・会社重役などの富裕者が妾を持った。男性にとって、自らの成功を確認する行為であったという。
 愛人の語も近代をとおして変化する。明治半ば、情緒的な絆を基軸とする近代家族の理念が日本に登場するにともない、恋愛結婚を是とする考え方も現れた。愛人の語は当初、恋愛を実践する愛の遂行者という意味で使われていた。やがて婚姻外の恋愛対象にも用いられ、妾の語を包摂するようになった。
 戦後になると、愛人はもっぱら既婚者の婚姻外の恋愛対象を指す語となる。高度成長期、専業主婦が急増する一方、女性の社会進出が進んだ。これにより、夫の職場で働く女性が愛人となることが、妻にとって脅威となった。生産労働に従事する夫を支えていたのは、家事労働を担う妻だけでなく、性愛関係を結ぶ職場の愛人でもあった。
 近代日本の一夫一婦制は、「表舞台」に立つ妻と「暗部」を担う愛人の両方を必要としてきた。夫には性の放縦さを認め、妻には貞淑を求めるというダブルスタンダードを維持したまま、恋愛結婚のイデオロギーが広まった帰結だと著者はいう。本書は、読者の多くが自明視する一夫一婦制や性規範を、ラディカルに問い直す。
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いしじま・あゆみ 城西国際大大学院博士課程単位取得満期退学。鍼灸師。共著『韓流サブカルチュアと女性』など。