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禍々しい妖気を放つノワール小説「悪魔はいつもそこに」 若林踏が薦める新刊文庫3点

若林踏が薦める文庫この新刊!

  1. 『悪魔はいつもそこに』 ドナルド・レイ・ポロック著、熊谷千寿訳 新潮文庫 990円
  2. 『アリバイの唄 夜明日出夫の事件簿』 笹沢左保著 徳間文庫 990円
  3. 『エンドロール』 潮谷験著 講談社文庫 792円

 犯罪小説を中心に海外の隠れた逸品を紹介する新潮文庫の〈海外名作発掘〉シリーズ。その一冊である(1)もまたミステリ読者を唸(うな)らせる尖(とが)ったノワールだ。一九六〇年代のオハイオ州南部の田舎町を舞台に、幼くして父母を亡くした青年が、狂気と暴力の世界に絡めとられていく様を描く。聖職者の振りをして女性を食い物にする牧師や死体写真を集める殺人鬼夫婦など、タブーのはるか向こう側へと渡ってしまった人間たちが犇(ひし)めき、作品全体が禍々(まがまが)しい妖気を放つ。同書を原作としたドラマもネットフリックスにて配信中だ。
 名作の発掘といえば、徳間文庫がミステリ・SFなどの復刊を進めるレーベル「トクマの特選!」。(2)は昭和の流行作家・笹沢左保の良作を紹介する〈有栖川有栖選 必読!Selection〉の第十弾だ。かつて渡瀬恒彦主演のドラマ化で人気を博した〈夜明日出夫〉シリーズの第一作で、元警視庁刑事のタクシードライバー・夜明が偶然出くわした事件の謎解きに挑む。ユニークな探偵像と大胆なアリバイトリックは今も色褪(いろあ)せない魅力がある。
 (3)は新鋭のミステリ作家がコロナ禍の風景を反映させて描いた謎解き小説。感染症が蔓延(まんえん)した後の日本で若者の自殺が急増する中、雨宮葉は希死念慮を広める思想を否定するために討論の場へと向かう。予測不能の展開で振り回すのが得意な著者で、本作でも刻一刻と物語の様相が変化して驚かせる。途中から濃い謎解きの要素が不意に現れて読者を翻弄(ほんろう)するのも良い。=朝日新聞2023年5月13日掲載