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「寝る」のエンタメ 津村記久子

 よく寝る。春だからだ。しかもちょっと風邪を引いた。寝ない理由がない。連休に観(み)ようだとか読もうだとか遊ぼうだとか思っていた、いろいろな娯楽をなげうってでも寝ることを選択している自分がいる。もはや「寝る」という一つのコンテンツがあるみたいだ。「寝る」の旬だから仕方がないのだ。クリスマスにケーキを買うように、夏場に海に繰り出すように、今は寝るのだ。

 春の休みの日に、寝たい時に寝たいだけ寝る、ということは、簡単でお金がかからないわりに、本やドラマや映画といった見逃し可能なものはもちろん、下手すると試合だとかライブといった「これを逃せば次はないよ」というコンテンツにすら匹敵する価値があると思う。簡単な上にお金がかからないことの仲間としては、公園に花を見に行ったり、新緑の多いところを散歩したりだとかいったことがあるし、そちらの方が好きだという人もいるだろう。友達と雑談するのでもいいけれども、予定を調整したりしてちょっと難しいこともあるので、やっぱり「寝る」「花見」「散歩」よりは大変かもしれない。

 「花見」は行楽として、「散歩」は良い時間の過ごし方として認められているとして、「寝る」も並み居るエンターテイメントコンテンツに肩を並べても良いのではないかとわたしは思う。「休みはずっと寝てました」と言う人がいたら、「それはものすごく睡眠を楽しみましたね」と考えたいし、自分も堂々と言うことにする。

 contentを英和辞典で引くと、「内容」と太字で出てきた。自分自身に関しては、もはや寝ることには起きていることより内容があるとすら思う。まず心身が回復する。起きている自分が自分に対してろくでもないことしかしていないし考えていないんじゃないかと思うと、寝ている方がいい。悪い夢を見ることも多いけど、たまに面白い夢も見るし。

 そういうわけで横になって「寝る」をプレイします。おやすみ。=朝日新聞2023年5月17日掲載