本書の特徴は、言語学者が言語について語ったものではなく、言語と言語学を愛好する「言語オタク」が、その魅力を友人に語っているスタイルをとっている点にある。が、そのやりとりがなかば漫才的で、楽しんで言語学という学問の深淵(しんえん)に触れられる。
大学で言語学を専攻し出版社に勤める水野太貴(だいき)さんと、情報工学を専攻し執筆活動もする言語学素人の堀元見(けん)さん。2人が開設したYouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」はポッドキャストでも配信されており、現在登録者数19万人を超える人気番組。言語学って本当におもしろいのかなあと懐疑的な堀元さんに対して、水野さんは語る。
「とにかく、言語は、結論だけ分かるのに過程が分からない身近な証明問題の宝庫であり、言語の謎に向き合うことはフェルマーの最終定理に向き合うような一大ドラマである」
そう。言語は我々にとって身近な問題でありながら、謎の多い対象である。「カエル」と「トカゲ」は、前に「毒」をつけると、なぜか「ドクガエル」「ドクトカゲ」になり、カエルだけが「ガエル」と濁音になる。「俺、スイカ好きなんだよね」は自然だが「俺、スイカのこと好きなんだよね」が不自然なのはなぜか。「えーっと」と「あのー」には実は「意味の違い」がある……などなど、だれもが同意できる現象を扱いながら、なぜそうなのかを説明するのは難しい。
水野 「あのー、ちょっといいですか?」と「えーっと、ちょっといいですか?」を比べたら、前者の方が丁寧に聞こえません?
堀元 たしかにそうですね。
めちゃくちゃ失礼なテレビマンが話しかけてくるときは、「えーっと、ちょっといいですか?」な気がする。
水野 人がせっかく抽象的に話してるのに、具体的に話して敵を作るのはやめてください。(中略)
堀元 そういえば、刑事コロンボは容疑者に対して「あのー、ちょっといいですか?」って言いますよね。容疑者にもちゃんと丁寧に接しようという意志が感じられる。プロ意識が窺(うかが)えますね。
水野 すごくいいたとえっぽいんですが、残念ながら世代が違いすぎてピンと来ません。
1995年生まれの水野さんと92年生まれの堀元さんの若さもわかるやりとり。「えーっと」と「あのー」の違いに関しては本書の説明を読んでいただきたい。堀元さんが受け手としては、読者代表というよりは、雑学的に話を広げていく様子がこの2人ならでは。オノマトペや音声学など説明が難しいジャンルにも切り込んでいくのも野心的だ。きっと読者は一日で言語沼に引きずり込まれるに違いない。=朝日新聞2023年5月20日掲載
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あさ出版・1650円。堀元氏は作家、YouTuber。著書に『教養悪口本』など。「ゆる言語学ラジオ」の聞き手で、言語学素人。水野氏は編集者。同ラジオの話し手で、言語オタク。