1. HOME
  2. インタビュー
  3. 新作舞台、もっと楽しむ
  4. 舞台「ピエタ」主演・小泉今日子さん×原作・大島真寿美さん対談 心に灯る小さな希望を感じてほしい

舞台「ピエタ」主演・小泉今日子さん×原作・大島真寿美さん対談 心に灯る小さな希望を感じてほしい

小泉今日子さん(左)と大島真寿美さん=初沢亜利撮影

構想10年「作品が今を選んだ」

――原作を読んでから10年以上、舞台化したいと考えていたそうですね。

小泉:原作を読んだのは2011年。当時は読売新聞の読書委員をやっていて、担当記者から「ぜひ読んでほしい」とおすすめされたんです。読んでみて、この小説を日本人の作家が書いたということにすごく驚きました。どんどん世界が豊かに広がっていく読書体験でしたね。

 小説を読んでいると、実際には聞こえていなくても、想像で音楽が聞こえてきたりしますよね。これを舞台化したら、音楽が実際に聴こえたら、また違った世界の広げ方ができるのではないか。そう思いながら読んでいました。ただ、舞台化はすごく大変なことは分かっていました。その世界が素敵で広いから。だけど、いつかチャレンジしてみたいなと思い続けていました。

 その時点では自分が会社を作って、 自分が舞台化を手掛けるとは思っていませんでしたけども、2015年に起業してから、本作の舞台化に何度かチャレンジしてきました。さまざまな理由で頓挫したり、延期になったりして、今年満を持して上演が実現できそうです。

――本来は2020年に上演予定でしたが、新型コロナで急きょ、朗読劇に変更されました。

小泉:なかなか前に進まないときも、悲観的にはなりませんでした。それは企画の最初の頃から版元のポプラ社さんや筆者の大島さんがとても協力的で応援してくださっていたからです。いつかできる、いつかできると信じて進んできて、この『ピエタ』という作品がまさに今を選んだのではないかと感じています。2020年にはコロナ禍で寸止めをくらったわけですが、そのときと今とは感じることがまた違って。まさに今がベストタイミングなのだと思います。

――大島さんは最初に舞台化のお話を聞いたとき、どう思いましたか?

大島:最初に話を聞いたのは結構前のことなのですが、正直、そんなに簡単にはできないだろうなと思っていました。でもね、小泉さん、本当に諦めないんですよ。それは本当にすごいなと思います。

 舞台化にあたっては、もう思い切り作ってもらいたいし、私自身がびっくりしたいと思ったので、上演台本を読むこともなく、すべてお任せしています。私はもともとお芝居をかじっていた人間なので、おそらく上演台本を読んでしまうと、頭の中でいろいろと作ってしまいそうで……。

小泉:「小泉さんと(脚本・演出を手掛ける)ペヤンヌさんがやりたいようにやってね。後悔しないようにね」と、会うたびにおっしゃってくださいました。その言葉をいただくたびに、舞台でしかできない表現は何だろうと考えることができて嬉しいですし、モチベーションが高まりましたね。

――舞台では生演奏で歌もあるそうですね。どんな見せ方をしていきますか?

小泉:18世紀のヴェネツィアが舞台の作品ですが、その街を具象のセットでつくったら、多分ペラペラなヴェネツィアになるなと思ったので、美術や衣装は抽象的に描く予定です。その分「生の音の強さ」を出せたらいいなと思っています。音楽が18世紀のヴェネツィアの世界につなげてくれるようなイメージですね。

 また、抽象的な表現にすることで、キャラクターが喋るセリフもスッと見えてくると思うんです。あまりにも情報が多すぎる舞台を見ると、私、パソコン画面のようにフリーズしてしまうことがよくあって(笑)。

大島:あはは。でも分かります。

小泉:なので目に見える情報はなるべく少なくして、お客様それぞれが頭の中でヴェネツィアを思い浮かべてもらうような楽しみ方ができたらいいかなと考えています。

――今回、小泉さんはピエタで育ち、ピエタで働くエミーリア役を演じられます。キャスティングの理由や楽しみにしていることは?

小泉:私はこの作品に出てくる全部の役を1回演じてみたいと思っていますが、その中で今回エミーリアを選んだ理由ですよね。彼女は受動的なんですね。1つの過去の思い出を大切に思っているものの、基本的に自分の意思ではなく、ヴェロニカに言われて楽譜を探しに行って、どんどんいろんな人に出会っていきます。エミーリアが辿った道のりが、私がこの『ピエタ』を舞台化するためにたどった道のりと重なるなぁと思うんです。

大島:なるほど、そういう解釈!

小泉:実は一時期、別の方をキャスティングしていたこともありましたし、多分、私ではない他の方が『ピエタ』を作ったとしたら、私は別の役のオファーだったと思います。でもね、最終的に私がエミーリアをやればいろいろなことがスポッときれいに収まることが分かった。結局、舞台を作っていくことは、全部運命的に決められていくんですよね。

――他のキャスティングでこだわった点は?

小泉: 2023年の「ピエタ」では、貴族の娘のヴェロニカを石田ひかりさんが演じます。石田さんは優しくて柔らかくて可愛らしいイメージがあると思うんですけど、貴族のお嬢さん的な素地を持っている方なんです。

 2020年に「asatte FORCE」というイベントをやったときに、彼女も出演してくれて。その日は最終日で「バラシ」と呼ばれる撤収作業があったのですが、石田さんはマイ軍手をはめて「今日はバラシというものをお手伝いしようと思っています」と(笑)。危険な作業なので、楽屋の片付けを手伝ってもらってひと段落したら「何かできることもないようですし、私がいたらお邪魔でしょうから、そろそろ帰ります」と。私の目は間違っていなかったと思いましたね(笑)。あの可愛らしい声で、兄嫁の悪口を言ったら面白いだろうなと期待しています。

 そして、高級娼婦のクラウディアを演じるのは峯村リエさん。峯村さんは男女も年齢も関係なく、俳優仲間からものすごく慕われているんです。ユーモアにあふれていて、クラウディアだなと思いました。そして声がすごく素敵。決して大きな声でセリフを発していなくても、声が地べたをはって、客席に届く。そんな表現ができる人なんです。

着想の原点は「布がヒラヒラ」

――原作についてお聞きします。18世紀のヴェネツィアの物語を選んだのはなぜですか?

大島:私はヴィヴァルディの音楽、特に「調和の霊感」を聴いていると、いつも布のようなカーテンのようなものがヒラヒラ揺れている光景が浮かぶんです。理由は分からなくて、なぜだろうと思いながら、あるときライナーノーツを読んだら、ヴィヴァルディがピエタ慈善院で教えていたことが書かれていて。ああ、あの布はこれだと。そこから書きたいと思ったんです。実際に本作を書く過程でいろいろなことが分かってきて。腑に落ちるというか、答え合わせをしているというか、そんな感覚でしたね。

――国も違えば時代も違う物語ですが、今の私たちに訴えかけてくることがありますよね。

小泉:本当に。ヴィヴァルディを追うという物語が軸ですが、ヴェネツィアの貴族たちが政治をやらなくなって、お金ばかりに走って、腐敗していく姿は、そのまま今の世界に近い気がしますよね。もう予言書のようです。

大島:本作を書くときに、もちろんイタリアのことをいろいろ調べましたが、最初はすごくいいシステムとして始まっているんです。でもやはりシステムは劣化する。ここに旨味があると分かる人が出てくると、システムを変えたくなくなり、だんだん劣化していく。それをうまく変えられれば、次の段階に行けるけれど、変えられないと、滅亡へつながっていくんですよね。

 本作を書いたのは2010年。当時も「今の日本にも、世界の現状にも近いな」と感じましたが、今、2023年はますますその思いが強まっています。

――大島さんはもともと「垂直分布」という劇団を主宰されていましたが、演劇から小説という表現に移行された理由を教えてください。

大島:私、演出ができなかったんです。自分が書いたものをやってもらうと、どれもOKだと思ってしまうんです。でもね、それを舞台にするとダメなんですよ。もうバラバラになってしまって、自分が作りたい方向に進んでいかない。そしてふと「私は小説を書きたかったんじゃなかったっけ」ということを思い出したタイミングがあって。長い長い寄り道の後、最初に『宙の家』という小説を書き始めました。

――演劇で培った表現の仕方が小説に生きたと感じられますか?

大島:それは自分ではよく分からないですね。ただ、戯曲を書くことと小説を書くことは全然違います。だから私は今、小説でしかできないものをやろうと思って小説を書いています。だから今回の『ピエタ』の舞台化はある意味「敗北」です(笑)

小さな希望を感じて

――お二人は何度かお会いしているそうですが、改めてクリエイターとしての互いの印象は?

大島:話せば話すほど、ものを作るということを本当に分かっている人だなと思います。自分の作りたいものをきちんと握り締められる人なんですよね。思い出すのは、小泉さんが手掛けられた舞台「青空は後悔の証し」(2022)を見にいったときのこと。俳優業をしている小泉さんの姿では想像できないぐらい、そのときの小泉さんは普通に“裏方の人”としていらっしゃって、場に馴染んでいました。面白い人だなぁと思いましたね。

小泉:小説家や原作者の方に会うときは本当に緊張するんですけど、大島さんはご自分も演劇をなさっていたからか「よくこれを舞台にしようと思ったよね」と最初から気さくに話してくださって。すごくありがたかったです。それによく現場にも来てくださるのですが、夜の名古屋城で開かれた朗読会まで見に来てくださって!

大島:ああ、あれは本当にいいイベントでしたね。今振り返っても、あれは夢だったのではないかなというぐらい不思議な空間で、小泉さんの声が囁くように聞こえてて。

小泉:大島さんはいつもものを作ることに対して応援してくださる。すごく励みになっています。

――改めてこの作品を通じて、観客に届けたいメッセージは?

小泉:私たちと同じくらいの40〜50代人たちは、きっといろいろな立場の方がいらっしゃると思いますが、もう1回、自分のここから先を考えている方が多いのかなと思うんですね。

 子育てしている方も「子どもが大きくなって自分をもう1回見つめ直そう」と思っているかもしれないし、お仕事している方も「仕事をするのは、あと何年だな」と思っているかもしれない。この先の人生をどうしようと思っているときに、自分の心の中に灯る小さな小さな希望みたいなのが、この本の中にある気がしています。ぜひそれを感じてもらえたらいいなと願っています。