誰も教えてくれなかった「自分を大切に」
――本書はEテレのアニメ番組「アイラブみー」から生まれた絵本です。どんな番組なのかあらためて教えてください。
竹村武司さん(以下、竹村):僕は脚本家として番組に携わっています。プロデューサーにはじめ言われたのは、「未就学児向けの性教育番組をやらないか」ということでした。僕自身、9歳と5歳の子どもがいて、どう教えたらいいんだろうと考えていたところだったので、「ぜひ!」とお引き受けしたんです。今思うと浅はかなんですが、その時は性器や生理の話を取り上げるんだろうなと思ったんです。するとプロデューサーは「竹村さんも、そう思いました?」とニヤリ。渡された企画書に、番組のテーマは「自分を大切にする」とありました。そうか、性教育の根幹は「自分を大切にする」で、性器や生理の話はその中のひとつにすぎないんだと衝撃を受けたんです。
――なるほど、たしかに他の回でも、「はやいのがイチバン!…じゃないの?」「ゲジゲジが好きってヘン?」「しんじゃったら、もうあえないの?」などなど、性の問題を飛び越えた、多様性や自己肯定感など様々な話題が取り上げられていますね。脚本を書きながら気づきや発見はありましたか。
竹村:それはもう、気づいたことだらけです。この番組、作り方が少々特殊で、「脚本」なんて偉そうに言ってますけど、僕の仕事は「咀嚼」なんです。まず、教育学の汐見稔幸先生や性教育の北山ひと美先生といった先生方とプロデューサーが話し合って、「今回は自己決定権でいきましょう」「パーソナルスペースの話も入れて」「パンツをなぜはくのか、という疑問からスタートさせましょう」と、かなり細かな設定をくれるんです。それだけだと子どもに伝わらないところを、かみ砕いて、ストーリー仕立てにするのが僕の役割。だから僕も毎回学びながら書いているんです。こっちがギャラを払いたいくらいなんですよ。
まず、「自分を大切にする」ってはじめて聞いたときに、「あれ、それってどういうことだっけな」って、はたと立ち止まりました。僕ら大人世代はこれまで「人を思いやって」とか「正しくありなさい」とかって、〈世のため、人のため〉という教育ばかりを受けてきて、「自分を大切にする」ことは教わってこなかった。「人のため」に関連する言葉は「利他」「ボランティア」「恩返し」など、いいイメージのものが並ぶけど、「自分のため」から想起するものって「自己中」「ナルシスト」みたいなネガティブな言葉。「自分を大切にすること」が恥ずかしいことだと思い込まされている……。これはめちゃくちゃ大事な話になるぞって思いました。
男の子でも女の子でもない「みー」
――5歳の「みー」をはじめ、友達の「ひー」や「じー」やムッシーも男の子か女の子かは明示されません。パパやおじさんを含めたすべてのキャラクターを女性である満島ひかりさんが演じ分けることで、ジェンダーの境界がなくなる見事な設定ですね。obakさんが手がけた登場人物の見た目も、男だから短髪で青を着て、女だから長髪でピンクを着る、というような描き方をしていませんよね。
obakさん(以下、obak):はい。「性別がわからないように描いて」というのは最初で唯一といってもいいオーダーでした。そのほかは自由にやらせてもらいました。僕はもともと人間を描くのが苦手なので、この子たちも「みー」や「ひー」というキャラクターを描いたという感じ。ファッションが好きなので、おじさんにあえてピンクの洋服を着せたり、キャラクターたちにいろんな帽子をかぶらせたりして楽しみました。人間なような人間でないような不思議な存在になったかなと思います。
――背景も木々の中に突然手や鼻が生えていたり、ホットドッグ屋さんがホットドッグ型の屋台だったり、子どもがワクワクするような世界観ですね。
obak:じつは背景はアニメーション会社が作画しています。一緒にご相談しながらみーたちに合う世界観を作っていきました。色の塗り方も、子どもたちに安心して見てもらえるように、ふんわりやわらかな完成途中のようなタッチになりました。
答えはいろいろあっていい
――今回、絵本となるのは、番組の第一話でもあった「なんでパンツをはいてるんだろう?」という回。「だいじなものがよごれないようにパンツでまもっている」とパパに教えてもらったみーは、「だいじなものってなんだろう」と、性器について自然と考えを深めていきます。さらに、パンツで隠れる部分だけが大切なのではなく、手も足もからだはみんな大切だと気づくところが素晴らしいですね。
竹村:「自分を大切にする」を伝えるために、パンツの話から始めるというのは、先生方のアイデアです。子どもの素晴らしいところは、素朴な疑問を素直にぶつけられること。そして周りの考えと合わせて、自分で自問自答しながら考えを深めていけるところですよね。
obak:僕は姪っ子がいるんですけど、一緒に遊ぶと「なんで」「どうして」の嵐で(笑)。「アイラブみー」に携わって、そういう疑問を持つこと自体が大切なんだなと気づきました。この絵本も別に「答えは〇〇です」と書いてあるわけでなくって、一緒に考えさせてくれるところがいいですよね。
――巻末にはさまざまな立場の先生から「アイラブみー」のためのQ&Aが入ります。「どうしたら『自分を大切にする』ことができるの?」「自分を好きになるにはどうしたらいいの?」といった質問に、一人ではなく複数の先生の答えが載っていますね。
竹村:教育学、政治学、ジェンダー論など先生それぞれの専門分野があるので、分野ごとに分けて載せることもできましたが、ひとつの質問にそれぞれの見地からの異なる意見があることで、それ自体がメッセージになりましたよね。アンダーラインを引きながら読んでいたら、全部に引きたくなっちゃったんで、途中で止めました(笑)。これだけの専門家が子どもたちのためを思って、いろいろ研究してくれているんだと思ったら、とても温かい気持ちになりました。
第一歩は「自分を知る」こと
――本作は「じぶんをたいせつにするえほん」。お二人にとって「自分を大切にする」とはどういうことですか。
竹村:巻末で、発達心理学の酒井厚先生や教育学の汐見稔幸先生が「自分を大切にするためには、まず自分を知ること」といった答えをされているんですが、「アイラブみー」に携わって、まさにその通りだと感じました。「これは好き」「これをされるとイライラする」といった、自分の取扱説明書を持てると、「自分らしさ」というものを大切にできるようになると思うんです。それに、自分の好きなものがわかると、相手の好きなものが自分とは違うものでも、「僕もそうだしな」って受け入れられる。相手の「自分」も認めて大切にしてあげられるんです。
obak:僕自身は、年の離れた兄と姉がいる末っ子で、家族や親戚中に可愛がられて育ったんです。小さいころから絵を描くのが好きだったんですが、夜、チラシの裏に絵を描いてはリビングのテーブルの上にわざと置いておいて、翌朝、家族がそれを見つけて褒めるという流れを毎回楽しんでいました。その作品を今でもファイリングして取ってくれているんです。褒められるとどんどん描きたくなるし、僕がイラストレーターになれたのは、家族みんなに僕の「自分らしさ」を大切にしてもらえたからだと思います。
竹村:そういえば、僕も「ドラゴンクエスト」とかロールプレイングゲームが大好きで、勝手にゲームの世界設定を考えてはひたすらノートに書いていたんですよ。おかげで学校の勉強にはついていけずに落ちこぼれましたが、親は一切それを否定しなかった。やめろと言われた記憶がないんです。それがあったから、今の脚本家や構成作家という仕事ができているんだと思います。
ところが、自分が親になってみると、つい子どもが見ているYouTubeとかに口出ししちゃうんです(笑)。「そんなつまんないの観ないで、こっちの動画を観ようよ」とか。でも「アイラブみー」で学んでからは、積極的に「これのどういうところが面白いの?」と聞くようにしています。子どもが子どもなりに面白いと思っていることを否定したり、自分の趣味を押し付けたりするのは違うとようやく気付きました。
――今はSNSがあって、周りの意見がより目に入り、気になってしまう時代です。
竹村:SNSは僕もやっていますが、人の揚げ足取りとか粗探しが多い。シンプルにもっと人のいいところを探してほしいですね。悪いこと探しは超簡単。言葉は悪いですけど「馬鹿でもできる」んです。誰も見つけてない、いいもの、いいところを見つけるほうが難しいし、カッコいい。そういう世の中のムードを大人が作っていくべきですよね。
obak:僕もヤフコメのただの悪口みたいな意見には、小さな抵抗としてbadマークを押すようにしてるんです(笑)。それでも圧倒的にいいねマークが押されちゃってて。ああいうふうに、多数派か少数派かが、数で見えてしまうところも怖いですよね。子どもたちは素直に、多数派のほうが正解なのかと受け取ってしまう。「アイラブみー」は「正解は自分の中にある」「それぞれちがっていい」というメッセージが貫かれているところが素晴らしいと思います。
――では、最後に読者へのメッセージをお願いします。
竹村:obakさんが言ったように、この絵本は答えを出す本ではなくって、あくまでも考えるきっかけを与える本。読みながら親子でいっぱいおしゃべりしてくれたら嬉しいです。そして、大人はわからなかったらわからないと答えていい。子どもと一緒の目線で「じぶんを大切にする」ことを学んでほしいですね。
obak:絵本っていうのは、モノとしていつまでも残るし、気になったところを何度でも読み返せる。この絵本もそんな一生モノの本になったら最高です。よろしくお願いします!