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梨さん「6」インタビュー 「読んだら一生恐怖が続く」、読者を傍観者にさせないホラー小説

『6』(玄光社)

小学生の頃からネットに怪談を投稿

――梨さんはネットや書籍で怪談を発表するかたわら、マンガ原作にテレビ番組構成、体験型イベントのストーリー制作とマルチに活躍されていますね。メインの肩書きは何になるのでしょうか。

 表現しにくい仕事なのですが(笑)、一言で表すなら作家でしょうか。小説も書いてはいますが、それだけを専門に続けるというのではなく、いろんなジャンルに関わって、文章を書いているという広い意味での作家ですね。表現ジャンルはさまざまでも“文章を書く人間”という部分は一貫していると思っています。

――怪談を書き始めてどのくらいになりますか。

 梨名義で書くようになったのはこの3年くらいです。ただ怪談執筆自体は、そのずっと前から続けていました。2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)のオカルト板に「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?」という有名なスレッドがありましたよね。あのスレッドの存在を小学校低学年の頃にたまたま知って、投稿されている怪談を夢中になって読み漁ったんです。トイレの花子さんを知るよりも先に、八尺様やきさらぎ駅に触れていました。自分でも怪談を投稿するようになったのが9歳くらい。しょせん小学生なのでよくある怪談でしたが、見よう見まねでネット怪談の文体を模倣したことが、今の活動の礎になっているのかなと思います。

――小学生で洒落怖に! それはかなり早熟ですね。梨さんの作品には民俗学的なモチーフがよく出てきますが、ご出身は?

 長崎県です。岩手県には『遠野物語』があり、岡山県には岩井志麻子さんの『ぼっけえ、きょうてえ』があるのに、これまで九州のローカル色を打ち出した怪談やホラーはあまり書かれていなかった。それであえて九州独自の、土俗的な世界観を扱った怪談を書くようにしています。
 嘘みたいな話ですが、私の母方の一族は稲荷神社に足を踏み入れてはいけない、と言われているんです。私のひいひいおばあちゃんの時代に祟られるようなことがあったらしく、私も京都への修学旅行の直前に「行っちゃ駄目だよ」と釘を刺されました。禁を破った祖母はその翌日に、交通事故に巻き込まれたそうです。田舎育ちなのでこういう怪談や言い伝えは、割と身近なところに転がっていました。

――これまでの読書遍歴を教えていただけますか。

 10代前半で活字の面白さに目覚めましたが、当時はホラーよりも純文学系のものを好んで読んでいました。定番ですが太宰治や三島由紀夫、現代作家では中村文則さんのファンです。詩歌や文芸批評も好きで、怪談を書くかたわら現代詩のフォーラムに作品を投稿したりもしていました。今でも怪談を書くときは音韻や仮名遣いを気にする方なのですが、それは現代詩人の最果タヒさんの作品の影響が大きいです。

――なるほど、文体は現代詩の影響ですか。ホラー方面ではどんな作品を読まれるのでしょうか。

 三津田信三さんや京極夏彦さん、電子書籍オリジナルで『忌録:document X』などのホラーを書かれている阿澄思惟さんの作品に惹かれます。京極作品だと長編のシリーズものより、『幽談』『冥談』などの短編集が好きですね。それまでネット怪談の文化にどっぷり浸かっていたので、古典怪談の流れを汲みながら新しい表現を追求している活字ホラーの傑作に初めて触れて、「こういう怖がらせ方があるのか」と衝撃を受けました。あれは黒船到来くらいのブレイクスルーだったと思います。

『かわいそ笑』(イースト・プレス)

アナログの手触り、今回は「小説を書いている」

――昨年ホラーファンの間で話題を呼んだ『かわいそ笑』に続き、2冊目の書籍となる『6』が発売されました。フェイク・ドキュメンタリー的な前作とは、また違った読み味の小説集ですね。

 『かわいそ笑』は本を出させてもらえるのが最初で最後だろうと思っていたので(笑)、自分の得意としてきたモキュメンタリー的な手法や、ネット怪談的なギミックを前面に押し出しています。今回はそれに比べて「小説を書いている」という感じが強かったですね。前作がデジタルだとすれば、今作はアナログの手触りというか。

――バラエティに富んだ6つのホラー短編が収められています。巻頭作「ROOFy」は両親に連れられてデパートの屋上遊園地を訪れた少女が、突如異世界に迷いこんでしまうという物語。見知らぬ世界をさまよう怖さと心細さが、不穏なタッチで描かれています。

 人から夢の話を聞くのが好きなのですが、「デパートでの中で迷子になって、一人で歩き続けている」という悪夢を見ている方が結構いるんですよね。多くの人にとって迷子の記憶は、ノスタルジックな恐怖感と強く結びついているようです。一方で、誰もいない異空間をさまようというモチーフは、現代のネット怪談にも頻出します。普遍的かつタイムリーな怖さなので、迷子ホラーはぜひ書いてみたいと思いました。

――無惨に変わり果てた屋上遊園地に、喪服がペイントされた等身大の人形だけが立っている。このビジュアルイメージは強烈です。

 マネキン人形は使い古されたモチーフですが、道路脇に立っている交通安全人形のようなものならまだ新鮮味があるんじゃないか、と思って出してみました。警察官の制服を着ているのではなく黒いスーツ。しかも人形が服を着ているのではなく、直接ペイントされていることにすれば、塗り込められた死の象徴になる。作中のモチーフを決める際は、大体こんな手順で考えます。主題に沿ったモチーフを意識的に配置していく手法は、純文学に近いのかもしれません。

聴覚的なホラーには可能性がある

――第2話「FIVE by five」は、峠道に存在した石塔にまつわる怪談。アンテナが設置され、拠点Aと書かれた紙が貼られている石造りのオブジェが、ただならぬ気配を漂わせています。

 私がホラーを書くとき重要視しているのは異化効果なんです。ありふれた物であっても、置かれる場所や時間がずれると急に怖くなる。たとえば真昼の空き地で子供たちが遊んでいるのは微笑ましい光景ですが、深夜3時の路地裏で子供たちが笑っていたら怖いですよね(笑)。以前からフリー素材の写真をネットで拾ってきて、それを題材にした怖い話を考えるというお遊びをよくしていたので、日常をどう切り取れば怖くなるかを考えるのは、多少慣れているというのもあります。

――梨さんの作品には電話やアナウンスなど、音にまつわる怪異がしばしば登場しますね。大学生たちがFMラジオの発信元を探り、恐ろしい目に遭う第3話「FOURierists」もその好例です。

 声や音って独特の身体性があるというか、視覚的なホラーとはまた違った、距離の近さがあるんですよね。個人的に聴覚的なホラーはもっと掘る余地がある、と常々思っています。ちなみに私がネットを始めた2000年代前半は、今のように長時間の動画をアップすることなど不可能で、すごく画質の粗い数分の動画を、音声を頼りに見ていました。そういう原体験も関係しているかもしれません。

――もうひとつの梨作品の特徴は、恐怖の対象がはっきりと描かれないこと。宗教団体のセミナーのガイドラインという体裁をとった第4話「THREE times three」でも、暗示的な手法が効果的に使われていますね。

 ホラー映画でもクリーチャーが出てくるまでの、「来るぞ、来るぞ」という時間が好きなんです。ものすごく怖いものがある、という事実だけが明らかになっていて、その具体的な姿は分からない。もう一歩踏み込まないと分からない。あるいは一歩踏み込んだとしても、恐怖の対象が姿を現さないとか。たとえば幽霊が出るマンションがあったとして、調べてみたら過去に自殺した人がいた、というのが怪談の定番ですが、「調べてみたけど、過去に何もなかった」という方が怖いと思うんです。そういう届きそうで届かない距離感を大事にしています。

生きている限り、この怖さは終わらない

――幽霊譚の常識を逸脱した第5話「TWOnk」経て、いよいよ最終話「ONE」へ。ここでは6つのエピソードの意外な繋がりが明らかにされます。

 依頼をいただいた際に、担当さんから「全240ページで6話構成にしたい」という提案をいただいていたので、6話構成であることが意味を持つようなテーマを考えました。察しのいい方なら『6』というタイトルから推測できるかもしれません。世界観に沿って、それぞれ毛色の異なるエピソードを書くのは楽しい作業でした。

――それにしてもこの真相には驚きました。背景にあるのは日本人にも馴染みの深い、ある宗教思想ですね。

 作家の芦花公園さんがキリスト教的な視点からホラーを書かれているので、アジア的な死生観・宗教観をもとにしたホラーを書いてみるのも面白いんじゃないか、と思ったんです。死ぬことは人間にとって根源的な恐怖で、そこから逃れるために生まれ変わりや死後の世界といった考えが生み出されていった。その夢をすべて壊してみたい、というのが発想の根底にありますね。この小説の答え合わせは、実際に死んでみないとできない。生きている限り怖さが続くので、一生楽しめるホラーともいえます。

――『かわいそ笑』といい『6』といい、読者を傍観者の立場に置かない“意地の悪さ”が梨作品の醍醐味ですね。よくこんな邪悪なことを思いつくものだな、と感心してしまいます。

 梨といえばネットの話でモキュメンタリーでしょ、と思っている人にこそ『6』を読んでいただきたいですね。手触りがそれぞれ異なっているので、違いを楽しんでもらえたら嬉しいです。

――近年ますますお忙しいでしょうが、これからも怖い小説を書き続けてください。

 ありがとうございます。最近は文章以外の仕事も増えてきて、おかげさまで数年先まで予定が埋まっているんですが、あくまで自分の主戦場は文章だと思っています。この場所が一番落ち着くというのもありますし、小説は書き続けていくつもりです。

 

〈梨さんトークイベント〉

7月17日(月曜・祝日)午後6時半から、東京都杉並区の阿佐ヶ谷ロフトAで。
梨さんとテレビ東京プロデューサー・大森時生さんによる、「6」の発売を記念したトークイベント。不気味な怖さを異なるメディアで発表し続ける2人が、Jホラーやモキュメンタリーについて存分に語る。https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/255077