いまい「シルバー・スクリーン」 魅力的なミニシアターの佇まい
土砂降りの夜、下町の商店街にあるミニシアター「キネマ長夜座」に、ひとりの男の姿があった。びしょ濡(ぬ)れの男の名は有坂楓(かえで)。支配人代理の壇(だん)は、行くあてのない彼に住み込みで働くことを提案する。
第1話でスクリーンを見つめる楓の横顔に引き付けられた。映画と過去の記憶が重なり、心の中の結び目がほどけるようなあの感覚が、そこにあったからだ。自分の感情を言語化するのが苦手な楓には、まだ語られていない心の傷があるようだ。そんな楓の事情を察しつつも過去を問わず、掃除の仕方など仕事のイロハを教える壇。自然に伝わってくる懐の深さが、本作の読み心地の良さに繫(つな)がっている。
一角を蔦(つた)が覆ったレンガ造りの建物。レトロなタイルの床に秘密基地のような映写室。そこに居て、愛(いと)おしそうに機材の話をする古参の映写技師――。そんな長夜座の佇(たたず)まいに、場所としての魅力も感じる。長夜座には孤独を抱えた小さく愛らしいファンがついており、そんなエピソードから、ここが個人にとっても、町にとっても必要な場所なのだと伝わってくる。孤独や痛みと向き合うモードを整え、贅沢(ぜいたく)なひとり時間に変える空間。近くにあったら通い詰めたい。=朝日新聞2026年6月6日掲載