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ツムの村の住人 津村記久子

 新しいゲームをやり始めるたびに、名前をつけないといけないのがめんどくさい。特に複数のキャラクターの名前をつけるロールプレイングゲームだ。子供の頃は、ゲームをやるたびにいろいろ考えて「自分が思うファンタジー風の素敵な名前」みたいなのをつけていたのだけれども、今は「トロ」とか「ワサビ」とか平気でつける。「ああああ」とかにする人が昔は信じられなかったが、今は気持ちが分かる。

 名前をつけるのがいやになったのは、小説を書く上で無数の人物の名前を決めなければならないからだと思う。ゲームを新しく買ってもらった時にしかできない、あんなに特別な事だった名付けが、小説を書いているうちに億劫(おっくう)になってしまう。なんだか悲しい。

 名前といえば、友人の中で自分の名前がどういう表記なのかということについて、たまにメールの中で判明しておもしろく思うことがある。友人の中でわたしは「つむ」だったり「ツム」だったり「つむちゃん」だったりする。気持ち「つむ」が多いので、「ツム」と書かれていた時ははっとする。自分はツムだったのか。ゲームの〈ツムツム〉が出てきた時は、なんだか自分の村にいた人がメジャーデビューしたみたいで、間違いなく関係ないのにそわそわした。大丈夫ですか、その語感で。

 「つむらきくこ」という名前は、幼稚園の頃からなんだか好きじゃなくて、「む」が特にひらがなでは難しいし語感もこもっているし妙に目立つしいやだった。「ツムラキクコ」と書いてもなんか全体的にとげとげしい。「キムコ」にそっくりだと不満にも思っていた。冷蔵庫の脱臭剤だ。でも今は親近感も感じるし、ライバルのような気もしている。調べると「キムコ」というバイクのメーカーもあるらしい。欲しくなってきた。

 また新しくゲームを買ったので、名前を「ツム」にしてみた。新鮮だ。生まれ変わった気持ちで、「ツム」としてがんばっていきたい。=朝日新聞2023年8月16日掲載