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「声をあげて」 性加害隠蔽 大組織に立ち向かう 朝日新聞書評から

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2023年08月19日
声をあげて 著者:五ノ井 里奈 出版社:小学館 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784093891042
発売⽇: 2023/05/10
サイズ: 19cm/230,9p

「声をあげて」 [著]五ノ井里奈

 誰からも信頼され、感謝されるような立派な自衛官になりたいです。
 定時制・通信制高校生が参加するスピーチコンテストでそう語った著者は、2020年3月、自衛官としての一歩を踏み出した。東日本大震災で被災した著者を助けてくれた自衛官たち。かれらの背中が、11歳だった少女の未来を照らす。
 しかし22年6月、著者はその職を自ら辞する。
 著者の夢を砕いたもの。それは、隊内で複数の男性隊員から繰り返し受けた性加害。加えてそこから派生した様々な出来事が、著者の生の底を揺らす。
 口裏を合わせ、何もなかったとシラを切る15人ほどの隊員たち。味方と思っていたら、他の上司の前で手のひらを返す女性幹部。遅々として進まない警務隊の調査、居眠りをする書記係。
 人の生は、自分が関わる人々への信頼によって支えられる。だから、その底が抜けると生きることがひどく辛(つら)くなる。
 著者も例に違(たが)わず、22年3月16日夜、延長コードを首に巻き付けた。
 でも、その瞬間、部屋が揺れる。地震だ。
 あの日、生きたくても生きられなかった人たちがいた。でも私は生き残った。一体私は何をしているんだ。
 「闘わなきゃ。あいつらを絶対に許さない」
 著者はここから実名を出し、隠蔽(いんぺい)と立ち向かう覚悟を決める。「今ここ」の世界が信じられないのなら、自分が動くことで、生まれるかもしれない「そうでない世界」を信じればいい。
 でも、この生き方はきつい。「そうでない世界」は生まれておらず、「今ここ」に満足する人たちが矢を飛ばすから。
 心を切り裂く誹謗(ひぼう)中傷。被害報道を「恥」とみなす親族。一度直接の謝罪をしたにもかかわらず、それを翻して責任回避するような文書を送ってきた加害者側。
 著者はこれからも傷ついてしまうだろう。でも、その度に味方であり続ける母や、本書を構成したノンフィクション作家といった応援団の力を借り、立ち上がり続けるはずだ。
 強い人は元々強いのではない。そうでない世界を信じ、そこに向かって歩みを進める人だけが、その先で強くなれる。
 五ノ井里奈さん、日本の巨大組織は、外圧でしか変わらないのだとずっと思っていました。でもそうではなかった。あなたは今、歴史を作っています。あなたの声は、ずっと遠い未来を生きる、あなたの名前を知らない子どもたちにまで届くでしょう。
    ◇
ごのい・りな 1999年宮城県生まれ。自衛隊退官後、性被害をユーチューブや記者会見で告発。防衛省にも調査を求め事実を認めさせた。進行中の加害者との刑事裁判では、証人として法廷にも立つ。現在は女性や子どもに柔道を指導。