破天荒な主人公は下町生まれの自分
――選考委員から特に注目が集まったのは、主人公ややのまっすぐすぎる性格だ。「こんな人なかなかいない」「誰もまねできないような行動力」と驚きながらも、応援せずにはいられない人物に魅力を感じたという。
ややは、中学校時代の自分なんです。東京の下町に生まれて、人の家の塀を乗り越えて敷地を通り抜けることなんて、私にとっては日常でした。秘密の通路を通ろうぐらいの気持ちでしたね。相談もなしに思いつきで行動してしまうので、人に言えないような伝説はいろいろ作ってきました。その頃の友人との経験をミックスしながら描いているところもあります。
――物語の中では、トランスジェンダー、ネグレクトと貧困、不登校など、さまざまな困難を抱える子どもたちが登場する。でも「そのことで友達を特別視することはない」と八槻さんは言う。ややは、からかう子には食ってかかり、自分が傷つけたと気づけば授業も出ずに謝りたおす。
困難を抱えている子は、昔から自分の周りにいました。でも自分の中ではそれは普通のことで、普通に友達として接していたので、小説でもそのままを描いています。いろんな友達がいても、困っていたら助けるのが自然だったし、仲間同士わちゃわちゃ騒いでいるのが楽しかったんです。小説の中では、友人それぞれの特徴を目立たせるように描いていますが、誰か一人が悪者にならないようには気を付けて書きました。
本気でぶつかりあうことが周りを変えていく
――無鉄砲なやや、保健室登校のリョウ、勉強のし過ぎで体調を壊す理衣、練習に全然参加しないなつ、プライドの高い姫奈、そして振り回されながらも子どもたちに寄り添ってくれる土井先生、個性的な登場人物それぞれが剣道を軸に、本気でぶつかり合い、イライラした気持ちを達成感に変えていく。
剣道は一人では戦えないんです。仲間と何かに打ち込んだり、一生懸命になる楽しさを表現したいと思っていました。最近の子って周りに情報があふれているので、何かやる前に調べてしまって、やっぱりやめておこうとなることが多いのですが、体験してみないとわからないことってたくさんあると思んです。この物語で、ぶつかって体験して得るものがあるんだよっていうことを伝えていけたらと思っています。
もちろん、子どもだけで無茶したり、やりすぎてしまうとき、軌道修正してくれる大人も大事な存在だと思います。子どものことを受け止めてくれる存在として土井を描きました。土井がライバルの比木と向き合い、真正面から対決するシーンが一番好きですね。
あとは、剣道の良さも知ってほしいです。精神面も鍛錬できますし、大人と対話したり、礼儀正しくふるまうことの意義も教えてくれる武道だと思っています。
ハチベエのように愛されるキャラクターに
八槻さんが大賞を取った、ポプラズッコケ文学新人賞の第11回は、2021年に那須さんが肺気腫のために死去してからはじめての選考会となり、「ズッコケ三人組」の研究を続ける児童文学研究者の宮川健郎さんが特別審査委員を務めた。宮川さんは「スピード感ある文章で、楽しく読める物語でした。心配なのは、ややのいたずらが過ぎることですね(笑)。顔をしかめる親もいるかもしれません。でも『ズッコケ三人組』のハチベエがそうだったんですよ。女の子にもてたい一心でいたずらが過ぎるのがややと重なります。昔の『ズッコケ三人組』のように、この本も、うっかり司書さんが図書館に置いたら、子どもに人気になっちゃった!という展開になるんじゃないかと思っています」と話す。「ズッコケ三人組」は八槻さんにとっても忘れられない本だ。
子ども時代は、本なんて全然読まない子どもでした。でも「ズッコケ三人組」だけは別でしたね。こんなおもしろい本があるのだと、続きが読みたくて町中の図書館を探し回りました。那須先生の大ファンになって、ファンクラブにまで入っていたんですよ。あんなにすごい冒険ものにはまだ届かないですが、「ズッコケ三人組」のようなワクワクするような話を書きたいです。
20年ぐらい前から、ずっと作家になるのが夢でした。昔からよく「変わってるね」って言われるんです。変わっていても、職業が小説家なら違和感がないでしょう? まだ実感はわかないですが、読みながらいろんな体験ができる物語を、これからも書いていきたいなと思っています。