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江戸の歌舞伎界を舞台に人間とは何かを探る「化け者心中」 吉田大助が薦める新刊文庫3点

吉田大助が薦める文庫この新刊!

  1. 『化け者心中』 蝉谷めぐ実著 角川文庫 880円
  2. 『この気持ちもいつか忘れる』 住野よる著 新潮文庫 990円
  3. 『息吹』 テッド・チャン著 大森望訳 ハヤカワ文庫SF 1210円

 江戸の歌舞伎界を舞台にした(1)は、確かな専門知識と艶(あで)やかな文体で支えられた芸事小説にして、伝奇要素を含むミステリーだ。中村座に出演する六人の役者のうち、誰かに鬼が成り代わった――。引退した元女形が探偵役となり、鬼暴きに挑む。芝居が上手(うま)くなるならば人を捨て、鬼にだってなる。そんな「化け者」揃(ぞろ)いの容疑者達の中から、本物の化け物を見つける方法は? 鬼にあって人間にないもの、人間にあって鬼にないものを探り当てればいい。娯楽要素を満載した物語の根底にあるのは、人間とは何かを巡る思弁だ。

 (2)は一六歳の少年と透明人間の少女の物語。手足の爪と両目のみが光って見え、ハスキーな声を持つ少女は異世界の住人だ。秘密の待ち合わせ場所で二人きりの夜を何度も過ごし、互いの世界について情報交換をするうち、少年は恋に落ちるが……。ルッキズム(外見至上主義)を批判しながらも、価値観の違い、という失恋の大定番理由を採用するバランスが面白い。

 SF界のレジェンドによる作品集(3)収録の「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は、デジタルペットを題材に、AIと人間のありうべき関係性を描き出す。そこから逆照射されるのは、親は子の人生に多大な影響を与える、という身も蓋(ふた)もない現実。性教育というトピックを持ち込んでいる点が慧眼(けいがん)だ。

 人間とは異なる体や価値観、知能を持った存在と触れ合うことで、人間は自分達についての理解を深めることができる。その証左となる三冊だ。=朝日新聞2023年9月2日掲載