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夢の近く、まどろむ時間 青来有一

イラスト・竹田明日香

 蒸し暑く寝苦しい日々が続いた後、ちょっと涼しい夜が訪れ、一息つくように深く眠ることがあります。この数年、熱中症の心配もあり、一晩中、エアコンをつけていたことも多かったのですが、それでも同じような夜がありました。部屋の限られた空間の人工的な涼しさよりも、自然の、季節そのものの大きな涼しさに包まれるほうが、やはり、ゆっくり眠ることができるのかもしれません。

 暑い夏の最中、高原の避暑地を旅したときも、同じような深い眠りを経験したことがあります。心地良い眠りを求め、人々は避暑地に別荘を持つのかもしれません。

 なんども寝返りをうって汗まみれになる下界の夜からしたら、まさに別天地でしょう。

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 眠りには深い浅いがあるのは実感としてよくわかります。最近、スマートウォッチを腕につけて過ごすようになり、自分自身の睡眠が具体的にわかってきました。デジタル時計に歩数計のほか、心拍数や体温の変化が簡易に計測できる健康器具の一種であり、どのような仕組みなのかはわかりませんが、睡眠の長さと、眠りの深い浅いとレム睡眠の時間が表示されるようになっています。

 眠っていても目玉がぐるぐる動いている状態のレム睡眠は、夢を見ているときだそうです。寝ている犬が尻尾を振って、走るように四肢をばたばたしている姿を見たことがあります。わずかに開いたまぶたの隙間から白目と黒目が、それこそ「目まぐるしく」動いていてびっくりしました。犬も夢を見るのでしょう。

 あの犬は尻尾を振っていたので楽しい夢だったのかもしれませんが、夢はほとんど悪夢といっていい雰囲気に支配され、支離滅裂な状況の中で右往左往して、逃げ回り、焦ったりとそれこそ無我夢中で、目覚めたときに足が疲れ果てているといったこともあります。

 実際の眠りはレム睡眠の夢の層を通り、ノンレム睡眠の層に沈みこみ、ノンレム睡眠でも浅い眠りと深い眠りがあり、一晩の眠りの中でそんな眠りの層を何度か浮き沈みをくりかえすのだそうです。

 スマートウォッチの記録を見てみると、個人差は大きいと思いますが、私の場合は深い眠りは案外と短くて1時間もなく、割合では十数パーセント。

 レム睡眠も同じくらいで、ほとんどは浅い眠りの状態となっています。

 こうした眠りに含まれないのでしょうが、眠り始めのひととき、とてもリラックスできるまどろみの状態があります。まぶたを閉じてはいても寝ているのでなく、眠りを待っているといった状態で、夜の気配を感じ、雨や風の音を聞いているひとときです。感覚は外界に向かって開かれていながら、意識は溶けはじめている。このまどろみがなんとも心地がいい。

 朝、目覚める直前にも同じようなひとときがあり、まぶたに感じる明るさや路面電車の音に朝が来たなあと感じながら、なおも目を閉じたまま、眠りの浅瀬にしばらくとどまっていることもあります。

 不安や苦しみを抱えていたら、そんなひとときも安らかではいられないでしょう。現実から逃れるためだけの眠りはどれほど深くても意識の喪失でしかなく、それはたぶん辛い眠りでしょう。

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 夏の終わりになると一夜の深い眠りをどこかで待っている自分がいます。目を閉じて、渓流のせせらぎや潮騒が聞こえてきたらいいのにと思うのですが、実際に聞こえるのは、最近、急に大きくなった冷蔵庫のモーターのうなりと遠くを走る救急車のサイレンの音。ウクライナの人々はどのような眠りにつくのだろうと考えたりもします。戦争は夜もゆっくり眠らせてはくれないはずです。

 夜、ぐっすり眠ることができるというのは、とてもぜいたくなことなのかもしれません。=朝日新聞2023年9月4日掲載