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韓国で計150万部「不便なコンビニ」作者キム・ホヨンさんインタビュー コロナ禍で熱望された「ヒーリング小説」

キム・ホヨンさん=(C) Son Hong-Ju

人々の心が通い合う場所として

――ソウル市内のひなびたコンビニ店で、オーナー女性やアルバイト、お客さんが行き交う中で物語が展開されます。舞台にコンビニを選んだ理由は?

 この10年で韓国ではコンビニがものすごく増えました。それまでは小さな個人商店を追いやる存在として描かれていたコンビニですが、ある時から地域の人々が集まる親しみのある空間になりました。日本でも村田沙耶香さんの小説『コンビニ人間』のように、少し冷たい空間として描かれることが多かったと思います。ですが、韓国のコンビニのイメージは最近かなり変わりました。

 私もコンビニに行くとオーナーとあいさつしたり、世間話をしたり、人気の商品を取り置きしてもらったりすることもあります。そういった中で、"『コンビニ』という一つの空間"が地域の人々の心が通い合う場所になるというアイデアを得ました。

――主人公の「独孤(トッコ)」は記憶喪失の元ホームレスで、親切なオーナーのもとでコンビニの深夜アルバイトに入ることになります。彼は語尾に「…」が多く、正直最初は読みにくく感じましたが、それが読み進めているうちにだんだん心地よくなり不思議でした。

 人生のどん底を見た人が周囲に助けられながらコンビニで働き、人々との関係性の中から氷が溶けるように、少しずつ心や話し方も変わっていきます。そんな姿を表現し、読者に印象づけたいと思って「…」を多用しました。言葉はどもるし、ゆっくりだし、皆さんも読んでいてもどかしかったと思いますが、私も書いていてもどかしかったです(笑)。

――公務員試験に向けて勉強中のアルバイトや、教会に一生懸命通うパートの女性など、登場人物たちがとてもリアルで「韓国らしい」設定のキャラクターだと思いました。それぞれモデルはいますか?

 知人をそのままモデルにすると本人に怒られます(笑)。デビュー作『望遠洞ブラザーズ』(未邦訳)では自伝的なことや、知人をモデルにもしましたが、もう5作目なのでそのようにはしません。わからないようにうまく混ぜるのです。小説家は基本的に人間のことについて書きます。ですから私はまるで人好きな犬のように、ずっと人間を観察しています。これまでそうして出会ってきた周囲の人や、見てきた映画や小説などのエッセンスから、登場人物たちのキャラクターはできていきました。

――今回の小説で気に入っているキャラクターは?

 オーナーの息子・ミンシクです。訳のわからないことを言って母親が運営するコンビニを売り飛ばそうとする男です。私はそういった情けない人が好きだったりします。やらかした状況を観察するのが楽しいですし、そこからいろんな話が出てきます。作家としてはミンシクが気の毒でもあるし、でもミンシクがそうやってやらかし続けた方が物語はおもしろくなるので愛着があります。

心を開き、自分自身を見失わず

――心が温まる「Kヒーリング小説」というジャンルを確立したと聞きました。人々がこうした小説を求めるのはどういった背景があると思いますか?

 人と人とのつながりを求める欲求が高まっていたと思います。それを狙ったわけではなく、書いていたらそういう時代が来て、その思いが爆発したように思いました。

 韓国ドラマや映画は刺激的で設定も極端、インパクトがありますよね。その方が成功しやすいからです。ですが私たち人間はそれだけを食べて生きていくことはできません。実際、私の小説がヒットした頃、韓国ではドラマ「私の解放日誌」や「私たちのブルース」など、人間味あふれるヒューマンドラマがヒットしました。コロナ時代を経て、私たちはとても孤独で寂しかったのだと思います。時代をキャッチしたというより、私自身も渇望していたように思います。作品を通じて温かさを分け合いたいという思いが時代と合いました。

――インタビューを通して、キムさん自身もとても人間が好きで、つながりを大事にしているように感じました。

 この小説は人と人とのつながりを書いたものですが、実はこれを書いていたころが一番コミュニケーションが難しく、苦しかった時期でした。その時にこの小説のアイデアや文章や登場人物が生まれました。作家の一番大きな悩みがストーリーの原型になったということです。自分自身でも不思議でした。アイロニーでもあり、創作のある種のメカニズムだと私は考えています。

 私は来年で50歳ですが、人間関係はいつも大変だったように思います。そしてこれからも楽になることはないように思います。でも大切なことは自分の中心を見失わないことです。心を開き、でも自分自身は見失わずに関係性を結んでいく。それが生きやすさにつながると思います。そして私の小説がそうした読者たちの共感や助けになればと思っています。

――続編(未邦訳)について教えてもらえますか。

 最初は書くつもりがありませんでしたが、多くの読者から要望をいただいて、書く勇気を得ました。このコロナ時代に「不便なコンビニ」がどうやってつぶれずに、不便でも楽しい癒やしの空間としてありつづけられるか考えて書きました。おかげさまで反応も上々でした。

 続編では独孤の代わりとなる深夜アルバイトが来て、新しいお客さんたちといろんな経験をします。登場人物たちの一部は出ますが一部は出ません。独孤は出るのか? それは小説を読んでからのお楽しみです。ぜひ日本でも続編を出すことができたらと思っています。

「日本のコンビニは遊園地のよう」

――『不便なコンビニ』にはたくさんの魅力的な商品が出ていました。韓国のコンビニ商品で日本の読者にすすめたいものはありますか?

 小説にも出ていますが、「チャムケ(ごま)ラーメン」と「チャムチ(ツナ)のり巻き」そして韓国焼酎「チャミスル」という「チャム・チャム・チャム」の組み合わせが最高です。ひとりで食べても大満足する一食になると思います。他には最近私は「ヨンセ牛乳生クリームパン」にはまっていて、順調に太っています。これは「CU」のコンビニチェーンにしかない商品なので、ぜひ韓国に来た際は探して食べてみていただきたいです。

――日韓のコンビニを比較すると何か違うところはあるでしょうか?

 私にとっては日本のコンビニは遊園地のように楽しくて、客観的に評価するのが難しいです。同じものも違うものも、何もかもめずらしく感じます。最近はなかなか日本に行けていないので、早くまた行って生ビールを飲みたいなあと。日本のコンビニ弁当も好きです。韓国も最近はコンビニ弁当が進化しましたが、日本はさらに多彩だと思います。寿司もありますしね。

 韓国のコンビニの場合、(店舗の規模が)もっと小さくて本当に昔ながらの小さな個人商店みたいですよね。韓国でも最近は日本のように大型のコンビニができていますが、私にはスーパーのように感じてちょっと慣れません。

人類に温かい話が必要だった

――日本に来たことはありますか?

 私は出版社に務めていた時に日本の小説を担当していたことがあり、コロナ以前は旅行も含めて日本のあちこちに行きました。好きな作家も大勢います。奥田英朗さんや伊坂幸太郎さん、吉田修一さん、大崎善生さん、東野圭吾さんはもちろん、宮部みゆきさん、そして村上春樹さんは私の青春時代に一番好きな作家でした。日本の小説をたくさん読み、本当にたくさんの刺激を受けました。

――韓国でも東野圭吾さんの『ナミヤ雑貨店の奇蹟』やイ・ミイェさんの『夢を売る百貨店』(邦訳は文響社刊)以降、店を舞台にした小説がたくさん出ています。その中でも特にこの『不便なコンビニ』が売れた理由についてどのように考えていますか?

 それは私自身や出版社、文芸記者などいろんな人たちが分析しようとしましたが、結局わかりませんでした。おそらく新型コロナウイルス感染症や各地の戦争という世界的な困難の中で、人類に温かい話が必要であり、その瞬間に皆さんが「不便なコンビニ」を選択してくれたと思います。日本の読者にもその温かさが記憶と心に残る作品になることを願っています。