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新しい扉の高揚感伝わる「素晴らしき世界」 吉田大助が薦める新刊文庫3点

  1. 『素晴らしき世界 ~もう一度旅へ』 吉田修一著 集英社文庫 583円
  2. 『うたうおばけ』 くどうれいん著 講談社文庫 682円
  3. 『いつかたこぶねになる日』 小津夜景著 新潮文庫 693円

 機内誌で十五年にわたって続いた、吉田修一の人気エッセイの最終巻(1)は〈いくつになっても、新しい世界の扉はあちらこちらで開いている〉という一文から始まる。各編は著者がさまざまな扉を開けに行った記録となっているのだが、特に「祝・皇居ランデビュー」の回が感動的だ。他人の視線を気にして路上であたふたしているだけにもかかわらず、ここまで愉快に、ここまで高揚感をみなぎらせることができるのは、まぎれもなく文章の力だ。

 エッセイ集をさらに二冊。若手気鋭作家の手による(2)は、全国各地に散らばる友達とのやり取りがメインに綴(つづ)られている。学校や職場、歌会で出会った人々がいかに愛らしく個性的で、面白い人たちか。一人一人の具体的なエピソードもグッとくる。それ以上に、大好きな友達が、自分のことを友達だと思ってくれていることの喜びが文章の隅々から漂い、えも言われぬ幸福感を実現している。

 (3)の著者は、南仏ニース在住の俳人。深く粘り強い観察と思考で、日常から拾い上げた何気ない体験を十にも百にも拡張させる筆致が頼もしい。各編ごとに、杜甫や白居易、夏目漱石らの漢詩を翻訳・引用している点が発明的だ。歴史的にも地理的にも文化的にも遠く離れた漢詩の世界を経由することで、現実の見え方が意外な方向に変化していくのだ。漢詩アンソロジーとしても極上の仕上がりとなっている。

 エッセイ集は、言葉を操る、作家という魔法使いの力がよくわかる。珠玉の三冊を、ぜひ。=朝日新聞2023年11月11日掲載