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映画「隣人X -疑惑の彼女-」主演・上野樹里さん、熊澤尚人監督、パリュスあや子さんが語る「多様性」

上野樹里さん=有村蓮撮影

ラブストーリー×難民×SF

――最初に脚本を読んだ印象はいかがでしたか?

上野樹里(以下、上野):ラブストーリーと、難民という社会問題がありつつ、SF要素もある話で、「X疑惑」をかけられた良子のミステリアスさは、もっと掘り下げて作りたいと思いました。コロナ禍において、マスクで顔が見えないまま過ごした社会人の方や若者たちに向けても、興味深い作品になるんじゃないかなという直感がありました。

熊澤尚人(以下、熊澤):原作のテーマに惹かれました。惑星難民Xを受け入れる世界になったという話が、すごい発想だなと思いながらも、主人公の女性3人の群像劇を通して、無意識の偏見みたいなことを、声高にいうのではなく、行間にさりげなく書いてある小説だと思いました。その無意識の偏見をテーマに映画化できればすごくいいんじゃないかなと思って、パリュスさんに相談しました。

パリュスあや子(以下、パリュス):地味な話ですし、群像劇を映像にするのも難しいし、ちょっと散文的で、かつSFでと、ハードルも高いのに、よくぞ映画化したいといってくださったと感動しました。監督が作品の核の部分を大切にしたいと最初におっしゃってくださったので、そこが変わらないのであれば、脚色に関してはご自由にやってくださいとお伝えしました。

ヘアメイク:清家いずみ、スタイリスト:古田千晶 プルオーバー、スカート(ミュラー△オブ△ヨシオクボ 03-3794-4037)、イヤカフ、リング(リューク iofo@rieuk.com)、その他(スタイリスト私物)

こだわった「芯の強さ」

――上野さんが演じた良子という役柄について、どんな印象がありましたか?

上野:最初は、X疑惑をかけられた、ミステリアスな女性である役どころに、なぜこの役を私にと思ったのか、聞いてみないとわからないので、監督にすぐ電話しました。そうしたら、韓国映画『ビューティー・インサイド』(2015年)の時の、私の存在感がイメージだったというお話でしたよね?

熊澤:そうですね。原作の良子は45歳ですが、上野さんが演じた女性は36歳。小説に出てくるのは、19歳と26歳と45歳の女性で、30代の女性が出てこないので、もしも原作の世界観の中に30代中盤の女性がいたら、という設定で、上野さんに演じてもらった良子を作りました。良子という名前、コンビニと宝くじ売り場で働いていて、すごくつましい生活をしているという設定は、原作からいただきながら、40代と30代では環境や悩みが変わってくるので、原作の世界観にフィットするように考えました。

(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社

パリュス:なるほど、そういう設定だったんですね。良子の性格は原作のイメージとは違うんですけど、ささやかな生活を大切にして、まわりの目とは関係なく自分の心が穏やかに過ごせる生活を一番大切にしている女性というところは一緒ですし、それは原作に出てくる女性3人に共通しているところでもあります。

熊澤:3人から共通項を考えて、上野さんが演じる良子を作っていきました。原作とちょっと違うところは、周りの価値観にあんまり影響されずに自分の心で感じて、自分で考えて決めていくことができる女性にしました。それは、上野さんに演じてもらうために僕が一番こだわったところでもあります。上野さん自身、芯が強い方だと思うので、原作にあるようなささやかな生活を大切にしながら、自分の価値観をしっかり持って決断できる、しっかり生きていく女性として描きました。

――上野さんは、キャラクターに関して監督と話し合ったことは?

上野:日本人女性らしい、柔和な雰囲気や、自分自身と向き合えている人の持つ言葉遣い、良子という「人」を感じられるように、またXにも見えるように、両方の見方ができる良子を心がけました。原作を読まれた方も初めて映画でご覧になる方も楽しめる物語進行になっていますので、記者である笹と共に、良子という女性を追い進めていくうちに、自分自身に無意識にかかった、「偏見のフィルター」があるのではないか? そのような心境の変化を楽しんでいただけるかと思います。

 そして結末を知って完結するミステリー映画ではないんです。2回目は良子の目線から笹を見て、こんな見え方もある、こんなメッセージもある、そんなふうにじわじわと心のどこかに残り問いかけてくるような、そんな作品を作れたらいいなと思いました。

ハラハラとドキドキの交差

――笹と良子が雨宿りをしながら、ペトリコール(雨の匂い)を感じるシーンがとても印象に残りました。恋愛映画としてロマンチックなシーンですが、もしかしたらXだから感じられるんだろうか? とか、いろんな見方ができて面白かったです。

上野:確かにペトリコールっていう言葉を知ってるのはちょっとね、怪しい(笑)

熊澤:(笑)良子は読書家なので知識量も多いというイメージの中で、できあがったシーンです。ふたりとも同じ香りが好きだったという、ラブストーリーとしてポイントになる部分ですね。小説の笹と良子は、すでに半同棲のような関係なので、映画ではその前を描くために、どんな出会いがあってそれほど近づいたのか、原作を元にいろいろ考えました。

――上野さんが印象的なシーンはありますか?

上野:いろいろあります。良子のまとっている雰囲気が、地味なんだけど、ふとした瞬間に魅力的に見えるとか。笹から見たらミステリアスな部分でもあって、この人は何者なのか知りたいという欲求が、Xかもしれないというハラハラと、ラブのドキドキにスイッチしていく感じとか。この作品の個性的なところですよね。

 好きなシーンをひとつ挙げるのは難しいんだけど、あるニュースを見てしまうシーンは、不思議なシーンでしたね。ニュースをみて、真実を知ってしまい、すごく不思議な感覚に襲われるというシーンで、きっと良子にとって一番ピークの、激しいシーンなんだろうけど、でも、なんのアクションもなくて、ただ家でニュースを見ているという描写なんですけど、良子の中ではかなり激しいものが走ったと思いますね。

「無意識の偏見」どう向き合う

――映画のテーマの一つに「多様性」もあると思いますが、これからの世の中に必要なことはなんでしょうか?

パリュス:原作とも映画とも響き合っているひとつの大きなテーマが、他者との向き合い方、他者とどう付き合っていくかというところです。惑星難民Xみたいにわかりやすいものが出てきた時に、自分がXに対してどう向き合うかというのは、人それぞれですよね。例えば、似た価値観を持っている家族だとしても、ぜんぜん違う考え方を持っているかもしれない。大きく異なる他者が現れた時に、自分がどう感じるかを知ってほしい。この作品自体が「X」というか、作品を見て自分がどう感じるか、どう感じたかを他の人と話してもらえるといいなと思います。

 無意識の偏見と監督がおっしゃっていましたが、自分がそういう見方を持っているかもしれないというのは、似た価値観の人たちと暮らしていると、なかなか気付けないと思うんです。アレ?という違和感があってはじめて、自分はこういう考え方を持っていて、こういうものが嫌で、こういうものが怖いと解ってくると思うので、そういう違いみたいなものに触れる機会があることが大切だと思っています。

 この映画は、作品としてすごく面白くて、ミステリーあり、恋愛あり、良子の一本筋が通った強さみたいなものもすごく惹かれます。良子と笹のふたりの視点で流れながらも、この映画を通してなにか新しいものに出会えたりするといいなと感じました。作品を観て自分が感じたことが一番大切なメッセージかなと思います。

熊澤:パリュスさんにそう言ってもらえて、とてもよかったです。原作を読んで、私自身がすごく考えたんです。考えることができたからこそ、映画を作りたいなと思いました。Xは誰だというところから、この映画は始まりますが、Xは誰なんだ?と思った瞬間に、どうしても私たちの中に、Xに対する偏見の芽、やがて花になってしまうかもしれない偏見の芽みたいなものが、どうしても生まれちゃうと思うんですよ。それは、外から来た人や文化の違う人、見知らぬ人と出会ったときに、人間はどうしても感じてしまうものだと思うんですよね。

 そういう、無意識のうちに生まれる偏見の芽と、あなただったらどう向き合うか?この映画を観て考えて頂きたいのです。それがこの映画で一番やりたかったことなんです。知らない人に会って、怖いなって思ってしまうことは自然にあることだと思います。それは人間の防衛本能として大切な部分でもあります。でも、そう感じてしまうことを自分で解って、場合によってはそれがマイナスに働いちゃうこともあるよねって、自分で自覚するだけで、たぶん世の中は変わってくるんじゃないかと思っています。

 今、自分と違う考えの他人、理解し合えない人とどうやって付き合っていくかを考えていかないと、パレスチナやウクライナの問題もそうだと思いますが、私たち人間は不幸になってしまうだけな気がするので。理解できない人とどう理解できる部分を作って、一緒にやっていくかことを考えるきっかけになるといいなと思います。

上野:そうですね。私自身も、かつては、偏見の目を傾けられていると感じていたことがありました。お仕事を頑張ってもバッシングされる、報われない痛み、悲しみ。罪を犯したわけでもないのに、街中を歩くのも肩身が狭かったり、すれ違う人みんなが怖い。そんな風にメディアの発言に傷ついたこともありました。でも、結婚して、年齢を重ねるごとに、手のひらを返すように悪く言われなくなって、世の中のものごとは曖昧だなと。自分の目と感覚、感受性がやられてしまってはいけないと再確認しました。良子という役も、以前だったらぜんぜん違う良子さんになっていたかもしれない、今の自分だから良子さんを引き受けられたのかなって思います。

 ほんとに、ほとんどのものが自分の目を通して映し出した現実ではないんですよね。良子みたいに、自分の目で見たものの中で自分が平和で、自分が満たされて充実していれば、今日も1日幸せだったって言えるような、一人一人がそんな風に生きられたら、世の中はもっと心地よくてピースフルでユーモア溢れる世の中になるかもしれない。みんなが得体の知れない恐怖や、実在しない虚像、作り上げられた何かに束縛され、縛られているうちは、世の中は変わることはない。

 この世界を作っているのは私たち一人ひとり、そして隣にいる大切な人であることに気づいて、いま一度自分の目に何を映し出したいのか、情報を詰め込み嘆くよりも、目の前のことからそれぞれが偏見のフィルターを取って、手を取り合って毎日を育んでいってほしいなと思います。