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どこかで誰かが 柴崎友香

 ラジオ局での仕事を終えてタクシーに乗った。走り出してすぐ、運転手さんからラジオのお仕事だったんですか、ラジオはいいですねえ、と弾んだ声で言われた。

 私はタクシーの運転手さんと話すのが好きなほうである。最近はそうでないお客さんが多いのか気を遣って静かな人がほとんどだけれど、自分が知らない話は基本的に興味深いし、このときは絶対におもしろい話が聞けそうだと確信した。

 私より少し年上の方だった。ラジオが大好きで、お客さんを乗せていないときはずっと聴いているという。どんな番組がお好きなんですか、と尋ねると、次々番組の名前が上がる。メッセージを送ったり他のリスナーとの交流もあるそうだ。昔ならはがき職人なんて言いましたが名物リスナーさんのブログまで読んでて、ととても楽しそうにお話が続く。二十年ほど前にタクシーの運転手に転職したが、しばらく慣れずにつらい時期があった。特に、深夜に一人で車を走らせていると不安や孤独を感じてしまっていたが、そのとき深夜ラジオの番組に出会ったおかげで乗り切れた。あの時期にラジオを聴いていなかったら、こうして仕事を続けることはできなかった。

 明るい声だったけれど、長い一人の夜に聴くラジオのおしゃべりがどれだけ支えになったかという切実さが伝わってきた。家に着いてしまったのが残念に思うほど、いいお話を聞かせてもらった。

 前に、私が書いた短い文章の感想が書かれたブログを読んだ。それはもう何年も前にテレビの企画で書いたもので、私は細部を忘れていた。テレビで偶然それを観(み)たその人は、ちょうど悩んでいたことに響くところがあったそうで、そのあとも何度もその映像を観てくれていた。

 ラジオのパーソナリティーの人は小さなスタジオで話し、私はパソコンに向かって書いていて、そのときは見えないけれど、どこかで誰かに言葉が届いていた。そのことに助けられるのは、私のほうだ。=朝日新聞2023年11月29日掲載