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生成AI・地球沸騰・続く戦争…破局を前に、人間にできること 2023年の論壇回顧

米オープンAIのサム・アルトマン=11月、サンフランシスコ

 ペーパークリップの生産を最優先する超人工知能(AI)が、全地球をクリップの製造施設に作り替えてしまう。スウェーデン出身の哲学者ニック・ボストロムがSFのような思考実験を通してAIのリスクを論じたのは2003年だった。20年後の今年、生成AIブームが起きた。

 ChatGPT(チャットGPT)に代表される文章や画像を生み出す技術を、論壇誌も取り上げた。AI研究の松尾豊は開発側の視点で果敢に発信。暮らしや仕事を一変させる技術であり、日本の政府や企業も自前のAI開発に乗り出すべきだと訴えた(文芸春秋6月号)。

 認知科学者で「言語の本質」の共著者、今井むつみは「子どもの言語習得」の観点から、人間とAIの生み出す言葉の違いを論じ、注目を集めた。

 仕事を奪われないか。学習データの知的財産権をどう整理するか。国内では新技術が引き起こす摩擦が関心の的だった印象だ。

 AIのホームであるはずの欧米からは、AIが人類を脅かすとみなす議論が聞こえてきた。ボストロムは、AIが生物兵器や超小型兵器の開発を容易にするとみる(Voice9月号)。チャットGPTを提供するオープンAIのサム・アルトマンやビル・ゲイツらが署名し、5月に公開された書簡は、AIをパンデミックや核戦争と同列の脅威と位置付けた。

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イスラエル軍により破壊されたパレスチナ自治区ガザ地区

 今年は破局を想起させる議論を目にすることが多かった。ロシアのウクライナ侵攻や安倍晋三元首相の銃撃事件で「暴力」を意識させられた昨年から、時計の針が進み、「終末」へと近づいたかのようだ。

 国連のグテーレス事務総長は「地球沸騰化」と述べ、観測史上最も暑い年になりそうだ。脱炭素をはじめとする気候変動の緩和策だけでなく、暑さや気象災害への適応策も急務だと指摘された。

 関東大震災100年の節目でもあった。歴史学者の北原糸子は、災害によるダメージの修復でも復旧でもない「復興」という言葉が、関東大震災後に定着したと論じた(都市問題9月号)。12月にはウクライナのゼレンスキー大統領がSNSで「復興というユニークな経験を持つ日本」と述べた。日本であったサッカーの慈善試合に感謝する投稿での言及だった。どの復興を指すかは明らかでなく、天災と戦争は異なる。それでも「復興」という言葉でくくられる経験は、今起きている破局からの立ち直りを考える手がかりになるのかもしれない。

 大惨事を意味する「ナクバ」というアラビア語が聞かれるようになったのは10月、イスラム組織ハマスがイスラエルに越境攻撃を仕掛けて以後だ。国際協力機構(JICA)元パレスチナ事務所長の阿部俊哉によればナクバとは、1948年のイスラエル建国時に、70万ものパレスチナ難民が発生したことを指す。今回のイスラエルによる報復は第2のナクバと呼ばれているという(公研11月号)。

 市民の犠牲をいとわない過剰な「防衛」に走るイスラエルの原点の一つとして、ナチスドイツによるユダヤ人の大虐殺「ホロコースト」は参照された。

 日本では先立つ7月、ナチスの実像を説く「検証 ナチスは『良いこと』もしたのか?」(小野寺拓也・田野大輔著)が刊行された。ドイツで反ユダヤ主義が高まった背景には、第1次世界大戦で敗れる中での、「ユダヤ人が前線勤務から逃げている」といったうわさの流布があるという。本書は、現代日本で流布するナチスの「良いこと」を打ち消しながら、史実との向き合い方を教えてくれる。

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 過去の経験から未来の破局を防げるか。3月に88歳で死去した大江健三郎は月刊「世界」を足場に発信を続けた論壇人でもあった。同誌で大江の社会的発言を振り返ったメディア文化史の山本昭宏によれば、大江は広島の原爆被害と福島の原発事故を「カタストロフィー」という言葉で結ぶ一方、将来起こりうる破局の萌芽(ほうが)を現代の諸問題の中に見いだしていたという。

 破局は先延ばしできるかのように思い込ませるシステムを批判した大江。個人を抑圧する国家を批判することを通して獲得し続けるものが、大江にとっての「民主主義」だったと山本は論じる(世界8月号)。

 日本の民主主義は機能しているか。年末にかけて、自民党の派閥による組織的な裏金づくりが明らかになった。破局を止めるどころか、自壊しそうだ。

 今年のベストセラー「安倍晋三 回顧録」は歴代最長政権の検証に資する貴重な証言が収められているが、裏金への言及はない。

 求められるのは、いま説明責任を果たすこと。それはAIにはできぬ、生身の人間ならではの営みに違いない。回顧は、都合のいいことしか、振り返らない。=敬称略(真野啓太)=朝日新聞2023年12月27日掲載

私の3点

宇野重規 東京大学教授(政治思想史・政治哲学)

  1. 宮城大蔵「失われたバランス 現代日本外交『三つの路線』をめぐって」(世界5月号)
  2. 山本昭宏「変質する日本の平和主義 戦争への想像力をいかに補うか」(中央公論9月号)
  3. 李琴峰「『歴史への敬意』をここに」(朝日新聞5月12日付朝刊)

 世界の中で日本がいかなる立場にあるのか、またあるべきなのかを考え続けた1年であった。アジアにおいても日本の選びうる路線は狭まりつつある=(1)。戦争の体験が遠くなるなか、あらためて戦争や暴力への想像力をいかに持ちうるかが問われる=(2)。過去に失われていった命を思いつつ=(3)、進むべき未来への指針を探りたい。

金森有子 国立環境研究所主幹研究員

  1. T・アダムス=フラー「猛暑のリスクを見くびるな」(日経サイエンス9月号)
  2. 星暁雄「チャットGPTの急激な普及、問われる『私たちの責任』」(世界7月号)
  3. 筒井淳也「『仕事と家庭』の改善で制度を生かせ」(Voice5月号)

 酷暑。年々暑くなることへの適切な対応に向け、正しい知識と行動が必要=(1)。AIを使いこなすか、AIに振り回されるか。ますます社会に普及すると考えられるが、特徴を理解し活用する側にいたい=(2)。人口構造を考えれば、人口増加を望むことはほぼ不可能。働き方と家庭の構造的課題に対応し、出生率上昇を目指したい=(3)。

砂原庸介 神戸大学教授(政治・地方自治)

  1. 三品拓人「児童養護施設と『教育』をめぐる問題」(現代思想4月号)
  2. ダッヂ丼平「『他者の不合理性』を語ることの無意味さ ~櫻井義秀氏の論考に寄せて~」(note、6月7日、https://note.com/d_yosoji_man/n/nf058c42eb64c
  3. 北健一「ラストワンマイルのギグワーク」(都市問題10月号)

 社会における統合や包摂は重要だ。近年では外国人とのかかわりが論点にもなる。しかしすべての人たちが同じように統合や包摂をされるわけではない。社会から隔離されたり孤立したりしがちな人々のリアリティーを理解しようとすることについて、印象に残る論考があった。(1)は児童養護施設、(2)は新宗教、(3)はギグワーカーを対象としたもの。