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液晶の黒い罠? 津村記久子

 以前は豪快に傷だらけのディスプレイの携帯を使っていたのだけれども、ある時、自分が使う程度の用途(メモやウェブサイト閲覧)なら、画面さえきれいであれば新品みたいな気持ちで使えて最新機種への執着が減退する、と気付いて、ディスプレイを大事にするようになった。ガラスフィルムを貼って、外出時は手帳型のケース、自宅では使いやすいように背面のみを保護するプラスチックのケース、と使い分けている。

 それで、買って一年以内の比較的新しい携帯のディスプレイを拭いていたところ、どうも黒すぎて落ち着かない気分になってくることに気が付いた。試しに、手持ちの二〇一〇年製の機種と二〇二三年に買った機種を横に並べてみると、二〇二三年のもののほうが黒く見える。古いほうがプラスチックのフィルムで新しいほうがガラスフィルムという違いはあるけれども、それでも新しいのは妙に黒く思える。ディスプレイを点灯してみるとちょっと安心する。それで、何の用事もないのにニュースのチェックなどをする。でもすぐにどうでもよくなってディスプレイを消灯する。真っ黒だ。なんかいやだ。裏を向ける。

 黒いと言えば、テレビの画面も消灯時は黒い。そして携帯は年々黒くなっているのではないだろうか。携帯にしろテレビにしろ、ちょっとこの黒さは自然界にはない黒さなのではと言いたくなる。そんな黒いものと部屋にいると落ち着かなくなる。画面を点灯させる。落ち着く。でもそれでいいのか?

 気のせいです、携帯のディスプレイはずっと同じ黒さです、と言われるかもしれないが、液晶の黒さによりかき立てられる不安は確実にありそうだ。点灯していないとそこに穴があいているようにも見える。生活がスマートフォンまたはテレビに浸蝕(しんしょく)される理由は、ディスプレイの黒さにもあるのかもしれない。たとえば、ディスプレイが森や海や木や蜂蜜の色なら不安はどうなるのだろうか? 考えは尽きない。=朝日新聞2024年1月17日掲載