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山田太一の世界 「ありきたり」でない挑戦続けた 頭木弘樹

脚本家の山田太一さん(1934~2023)=07年撮影

 山田太一はその89年の生涯で、じつにさまざまな、そしてたくさんの作品を残している。私は亡くなる2カ月前まで約6年間、毎週1回ずつ、全作品インタビューを行っていたので、まさにそれを実感した。テレビドラマのシナリオを中心に、戯曲、映画、ドキュメンタリー、小説、エッセイ、講演……。

家族の崩壊を描く

 代表作だけでも数多いが、とくに歴史に刻まれているのは、『岸辺のアルバム』だろう。1974年の多摩川水害を題材にしたのは当時のホームドラマとしてはありえないことだった。しかも、家族とはケンカをしても結局はわかりあえて家族愛があるものだというホームドラマのなかにあって、家族にはそれぞれ秘密があり、それを他の家族には隠しているものだと描かれ、ついには家庭が崩壊しかけ、さらに家が水害で流されてしまうのだから、その衝撃はいかばかりだったか。テレビドラマ史は『岸辺のアルバム』の前と後に分けられるとも言われる。

 ただ、じつはこの作品、最初は新聞の連載小説だった。テレビでは無理と断られ、そこに新聞社から「あなたは小説も書けるのでは」と打診があった。その連載を読んで、TBSがドラマ化を決めたのだ。

視聴者を罵倒する

 小説では他に『終(おわ)りに見た街』(小学館文庫・品切れ、電子書籍あり)をぜひ読んでみてほしい。戦争の話を昔話としてではなく、現代人が戦時中にタイムスリップするというかたちで、今の話として書いている。そこに強い思いがある。

 シナリオもぜひ読んでみてほしい。読みにくいと思っている人もいるが、山田太一に関してはまったくそんなことはない。『早春スケッチブック』はとくに人気が高い。視聴者に対して、「お前らは、骨の髄まで、ありきたりだ」と罵倒する、とんでもないドラマだ。視聴率は当然低かったが、テレビドラマベスト100というような企画では、ベスト10に入ったりする。「自分に見切りをつけるな」「あるがままに、自然に生きるのではなく、無理をして自分を越えようとする人間の魅力を、忘れたくない」などのセリフに触発されて、生き方を変えたという人も少なくない。私自身も、何か言ったり書いたりするとき、「これはありきたりではないだろうか」とつい自問してしまう。他に『想(おも)い出づくり』『男たちの旅路』のシナリオも里山社から刊行されている。

 エッセイに関して、ご自身は「売れない」とおっしゃっていた。「こういうふうにも考えられるし、でもああいうふうにも考えられるし」と、ひとつの結論を提示しないことも多い。「これはこうなんだ!」という歯切れのよいものに比べると、人気を得にくかったのだろう。ところがだんだん人気が高まっていき、晩年の『月日の残像』(新潮文庫・品切れ、電子書籍あり)では小林秀雄賞も受賞した。

 『山田太一エッセイ・コレクション その時あの時の今 私記テレビドラマ50年』をとくにおすすめしたい。シナリオ集の「あとがき」が多く入っているのだが、エッセイとしても素晴らしい。たくさんの山田作品についても知ることができる。

 全作品インタビューを始めたときには、駄作もあるだろうと思っていた。しかし、一作もなかった。これには驚いた。もちろん、視聴率の低かった作品などはある。しかし、それは「視聴者を罵倒する」というような挑戦をしているからだ。一作ごとに必ず新たな挑戦があった。そこにいちばん驚かされた。「挑戦したいことはまだまだある」とおっしゃっていた。=朝日新聞2024年1月27日掲載